「クンタオ(19)」(2023年12月14日)

それからジンティは立ち上がり、小部屋のひとつに入った。一分くらいしてから元の場所
に戻ったかれは、持って来たロウソクに火を点け、口の中に入れた。その瞬間にジンティ
の口から火柱が1メートルくらい噴き出た。満座に拍手喝采が湧きおこった。

だがこの即興の手品ショーはまだ終わらない。買って来たばかりのポテヒ人形をかれはち
ょっと離れた小机に置いて立たせた。そして部屋中を明るく照らしていた何本もの大型ロ
ウソクの火を消してまわり、ポテヒ人形から一番遠い位置にある小さめのロウソクの灯り
だけを残したのだ。部屋の中は薄暗い空間に変わった。薄明りの濃淡だけがその空間内に
ある物体を人間の目に認識させてくれる。物体が何であるのかはその輪郭を通してしか認
識できない。

ジンティは一座のひとびとにポテヒ人形から離れて立つように言った。ひとびとがポテヒ
人形の小机を遠巻きにすると、ジンティは護符を人形の上で焼き、人形に何かを語りかけ
た。そして自分もその小机から少し離れた場所に立って、手で人形に合図した。なんとそ
の合図に応じて人形が動き始めたのである。まるで人形遣いが動かしているかのように、
武将とトラの人形は闘いを演じ始めたのだ。

生命が宿ったふたつのポテヒ人形は闘いを続け、ジンティの合図でふたたびただの人形に
戻った。ジンティはさっき消したロウソクの灯りをまた全部点けて部屋を明るくし、手品
の後片付けをした。

かれが行って見せたそれらの手品の術は中国で大道手品師が行っている演技と本質的に同
じものなのだ。ジンティはクンタオ修行の延長線上で大道芸人顔負けの芸を身に着けたと
言えるだろう。時間が夜十時を過ぎたので、ジンティの手品を堪能して満足した一座は解
散した。残ったジンティとカンピンの間でジンティがこれからしようとしていることが詳
細に検討され、両者の知恵がしっかりとかみ合わさった計画が完成した。ふたりはその結
果に満足した。


夜中の1時ごろ、黒装束に身を包んだジンティが寮の表に出てきた。ポテヒ人形2体もポ
ケットに入っている。カンピンは同行しない。ジンティひとりで十分にやれる仕事であり、
二人連れで行動すればそれだけ人の目に触れる確率が高まるからだ。

チョッジュワンの家の脇まで来た黒い影は、周囲の様子を見回してから塀の上に跳び上が
って屋敷の中に消えた。邸内は寝静まっている。家屋の中央広間の大きい灯火を小さくし
てから、屋敷内の全員が深い眠りに落ちるようにジンティは呪文を唱えた。それから足音
をしのばせてこの屋敷の主の寝室を探す。チョッジュワンはひとりで寝室に寝ていた。妻
は別の部屋で子供たちと寝ているようだ。ジンティにはその方が好都合だった。

室内の灯りを吹き消すとジンティはポテヒ人形を寝台の前の机に置き、チョッジュワンの
意識だけを覚醒させた。肉体は眠ったままだからチョッジュワンは逃げたり騒いだりしな
い。チョッジュワンは夢うつつの中で机の上のポテヒ人形が闘いを演じている様子を見た。
動かしている人間の姿はなく、人形が自分で動いているのだ。まるで夢の中の世界のよう
に。しばらく時間が経過してから、ジンティはチョッジュワンの意識をまた眠らせた。

次に、部屋の中に置かれている木製のタンスをかれは開いた。鍵がかかっていても手品の
達人にそんなものは何の役にも立たない。タンスの中に置かれている衣服の山をどけると、
その下に紙幣や銀貨が大量に隠されていた。ジンティは紙幣の束から10フローリン札4
0枚を抜き取ってポケットに入れてから、さっきどけた衣服の山をまた元通りにチョッジ
ュワンの全財産の上に積み重ねてタンスの鍵を閉めた。

そのあとジンティは持って来た手紙を小型ナイフで壁に貼り、そのまま静かに屋敷を出て
カンピンの寮に帰って行った。


翌朝目覚めたチョッジュワンの驚きは並大抵のものでなかった。机の上にはポテヒ人形が
ふたつ立っていて、夢の中に現れたのがどうもそれのような気がする。おまけに壁にはナ
イフで手紙が突き立てられている。急いで起き上がると、チョッジュワンは壁の手紙を引
きはがして読んだ。達筆の中国語で書かれたその手紙の内容はおよそこんなものだった。
[ 続く ]