「ヌサンタラのコーヒー(42)」(2023年12月19日) インドネシア人は本当にコピトゥブルッ離れに向かっているのだろうか?ここ数年前から 大都市にあるスーパーマーケットのコーヒー豆売場に、袋入りの高級中級品の中に混じっ てKopi Tubrukと銘打たれた商品が出現するようになった。袋に入っている品物自体を見 ると、メーカーによっては普通より細かく挽いた粉末コーヒーが入っているものもある一 方、別のブランドではそのメーカーが出している普通挽きの粉末ロブスタと同じものが入 っているように思われるケースもあって、これは単なる販売手法の多様化でしかないのだ ろうかという疑念が湧きおこって来る。言うまでもなく、包装袋にはコピトゥブルッの淹 れ方が説明されている。 ジャワコーヒーの章のコピイレンの項で触れたように、一回分使い切りのサシェット入り 粉末コーヒーの需要はすさまじいものがある。その需要者のマジョリティは低経済階層だ。 村落部の雑貨ワルンで、あるいは都市部でも低経済地区の雑貨ワルンで、粉末コーヒーサ シェットはとてもよく売れている。家庭用ばかりか飲食ワルンや道端商人の営業用にも使 われているのだから、需要の大きさは並たいていでなさそうだ。 そしてその砂糖の混ぜられたサシェットスタイルの粉末コーヒーに熱湯を注いだあとでそ れを濾過する人間がいるという話をわたしは聞いたことがないのである。ということは、 みんながコピトゥブルッとしてそれを飲んでいると言えるのではあるまいか。 高級ホテルでない、中級や上の下クラスのホテルに泊まると、客室に置かれているコーヒ ーと書かれたサシェットの中身がインスタントコーヒーでなくて粉末コーヒーであること にしばしば出くわす。宿泊客への無料サービス品だからコストという経済問題が絡んでい ることは言うまでもないのだがそれ以上に、コピトゥブルッというものがインドネシア人 にとって相変わらず普通に受け入れられているものであることをその一事が示しているよ うにわたしには思えるのである。 インドネシア人がコーヒーを飲むようになった初期、グラインダーで細かく粉砕したコー ヒー豆の粉末と砂糖をカップに入れ、そこに熱湯を注いでから粉末を沈殿させ、その上澄 みを飲む作法が使われた。液体を濾過しない淹れ方にはトルココーヒーやギリシャコーヒ ーがあるとはいえ、トルココーヒーは鍋に全部を入れてから熱するのがトゥブルッとの違 いだという説明をするイ_ア人もいる。つまりインドネシア人にとってのコーヒー飲用の 歴史はコピトゥブルッの歴史だったということをその説は述べているのである。 現代イ_ア人のコピトゥブルッの淹れ方は、細かめの粉末10〜13グラムをカップに入 れ、砂糖は好みの量にし、沸騰直前の湯を直接上からぶっかける方法だ。そのあと3〜5 分間放置してコーヒー粉末が底に沈殿するのを待ち、おもむろに啜り始めるというのが標 準の作法とされている。 クダイコピでコピトゥブルッを注文すると、店によって二種類の姿でテーブルに置かれる。 ひとつは粉が水面上に浮いている状態のもの、もうひとつは粉がすべて底に沈んだ状態の ものだ。水面上に浮いているものが置かれると客は軽い振動を与えて早く底に沈むように 努める。その違いは注がれる湯の状態と注ぎ方によって生じるのだそうだ。 簡単なように見えるコピトゥブルッの淹れ方ひとつにも独特のアートがあると専門家は語 る。豆の挽き具合、つまり粉末の細かさ。湯の温度。そして粉末コーヒーが湯に浸かる時 間の長さ。その兼ね合いでコピトゥブルッの最高の美味さが引き出されるかどうかが決ま るのだと言うのである。 美味さを決めるポイントは湯に溶け出したコーヒーエキスの量であり、ドリンカーは自分 の好みにもっとも合う仕様を見つけ出さなければならない。粗い粉末は湯との接触が早く 進み、溶け出すエキスの量も最大にならない。細かくなればなるほど、湯との接触に時間 がかかり、それだけエキスの量も増加して行く。エキスの量が大きくなれば液体の苦味が 強くなり、エキスが少なければ液体は酸味をより感じさせるものになる。湯の温度と湯に 浸ける時間を同じにしてやることで、粉の挽き具合が作り出す味の違いを比較することが できる。そのようにして自分に合う挽き具合を決めることをその専門家は勧めているのだ。 この専門家の講義を拝聴してみることにしよう。[ 続く ]