「クンタオ(26)」(2023年12月27日)

話しを聞き終えたジンティは「その話の中に答えがもう出ているでしょう。」とクンチュ
ンに言った。おたくの頭家がそんな不品行を止めれば済むだけの話ではないだろうか。に
もかかわらず、四六時中警護してくれと言うのは止める気がないと語っているのと同じこ
とになる。そんなことをすれば謎の人物がまた寝室に出現して今度は耳や鼻をそぎ落すか
もしれない。わたしにその謎の人物と闘ってほしい?わたしはきっとその謎の人物の側に
着くでしょう。そんなわたしにおたくの頭家の警護などできるわけがない。

正しい道を歩んで生きていく者には警護などまったく必要ない。敵を作らないからだ。金
を使って他人を泣かせているかぎり、数限りない敵が出現しておちおち眠っていられなく
なるだろう。あなたも頭家の悪事に手を貸すのでなく、頭家が善人になるように骨を折っ
たらどうですか?


用心棒をリクルートしに来たはずが、まるで意見されに来たような結果になってしまった。
ジンティには応じる気配がまったく見られない。クンチュンは諦めてジンティの家を辞し
た。ジンティの家からそのままアンバラワのレッナンチナの家を訪れて通行証にサインし
てもらい、宿屋に戻って馬を引き出し、スマランへの帰途に就いた。

仕事がうまく行かなかったのだからご機嫌斜めだ。早くスマランに戻ろうとして馬を急が
せた。昼頃にバウェンに着いて馬に餌を与えてくれるワルンを探し、自分も食事して半時
間くらい休んだ。

ふたたび出発して山道を北上する。だいぶ進んで人気のない平原まで来たとき、怪しいプ
リブミがふたり、クンチュンの行く手をさえぎった。悪い予感がクンチュンを襲った。ク
ンチュンは他の旅人がそこを通りかかるのを心底から願った。しかし期待に反してだれも
通りかからない。


ひとりが馬を抑えてクンチュンに言う。「ジュラガン、朝から食ってねえんだ。1ルピア
恵んでくだせえ。」ジュラガンとは華人にとっての頭家と同じような意味だ。プリブミは
フローリンのことをルピアと呼んでいた。つまり銀貨を1個くれと言っているのだ。
「わしゃジュラガンじゃなくて使い走りの人間だ。金は持ってないよ。」
「嘘だ。馬で旅する人間が金を持ってねえはずがねえ。」
「でも金は持ってないんだ。」
「早く金を出せ。さもなきゃ、俺たちが自分で探す。」

クンチュンが動きを示さないので、もうひとりがいきなりクンチュンの足を引っ張った。
クンチュンは馬から転げ落ちて背中を地面にぶつけた。「助けてくれ。強盗だ。」と大声
で叫ぶが、そこにやって来る人間はひとりもいない。

地面に横たわったクンチュンの喉にひとりが手をかけて軽く絞め、もうひとりが服のポケ
ットをまさぐる。ポケットにあったのは少額コインが数セント分だけ。バウェンのワルン
でもらった釣銭だ。賊はさらに手を緩めず、服の下を探って胴巻きを見つけた。胴巻きの
中には18フローリン入っていた。それを手にして顔をほころばせたふたりのプリブミは
街道脇を埋めている丈高いススキの群生の中に駆け込んで姿を消した。


クンチュンは痛めた背中をさすりながら馬に乗り、歩を速めさせてウガランに向かった。
ウガランにはチョッジュワンの友人である分限者のコウ・チンキアンが住んでいる。クン
チュンはチンキアンの家を訪れてついさっき起こった事件を物語り、旅費としてなにがし
かを恵んでほしい、と頼んだ。同情したチンキアンはクンチュンに1フローリンを与えた。
ところでアンバラワへは何をしに行ったのかと尋ねられてクンチュンは、病気の親戚を見
舞いに行ったと嘘をついた。

クンチュンは夜の8時にやっと自宅に戻り、自分の妻に道中で起こった事件を語って聞か
せた。あわや二度とここに戻って来られないことになりそうだったが、勇気を奮い起こし
て賊と戦い、なんとか戻って来ることができた、と脚色した。[ 続く ]