「クンタオ(36)」(2024年01月15日)

その年バンテンはジャワ島の華人社会を大いに沸かせる大興行を打った。緑鼻のバロンサ
イ公演だ。そこではバロンサイの曲芸だけでなくクンタオの試合も行われ、腕に覚えのあ
る人間は誰でも自由に試合に参加して構わない。バンテンの意図はジャワ島におけるクン
タオのマッピングを行なうと同時に、埋もれているかもしれない拳豪を掘り起こすことに
あった。

そのクンタオのプログラムにはチルボンのロー・ブンリウとタン・ヒウリオンそして演武
館の生徒たちがバンテンとチュイカンを助けて参加した。この催しはスマランとソロおよ
びヨグヤカルタで開かれた。

ところがバンテンの意図とは裏腹に、その興行を売名行為と見なした同業者たちが反発し
て一斉に非難の声をあげたのである。自分の真意を理解しようとしないで世間が自分に背
を向けたことにバンテンはたいへん落胆した。結局その興行は多額の私費をバンテンの金
庫から流出させただけで、かれにとってはほとんど成果のない無駄なできごとになった。


一年くらいしたら戻って来るという話で夫を送り出した最初の妻ホンランはリーホアとシ
アウエンと三人で夫の帰宅を待っていたが、夫が帰って来ずに手紙が来て、スマランでの
状況を知らせてきた。だがそれよりも前に、バンテンがジャワで女のグナグナにかけられ
て虜にされてしまったというご注進をホンランに届けた者があった。ジャワの女は性悪で、
これぞと思った男に魔術をかけ、色仕掛けで男の心を奪い、自分の性の奴隷にするのだと
言う。

他にもジャワから帰って来たひとびとが、向こうで有名人になっているロー・バンテン先
生の噂話をホンランにいろいろ物語った。「ロー先生はスマランで家庭を持ち、豪邸に住
んで贅沢三昧の暮らしをし、外出には自動車を使っているご身分だ。先生が故郷の妻子に
仕送りをしようとしても、向こうの妻が徹底的にそれを邪魔して仕送りができないように
している。」

確かに緑鼻のバロンサイ公演のあと、バンテンの資金が枯渇してホンランへの仕送りが滞
る時期があったのも本当だが、ビンニオを悪女にし、ホンランとビンニオを憎み合わせ、
成功者の一家に波乱が起こるのを喜ぶ人間が巷にあふれていたのも本当のことだった。

そういう噂話が故郷で沸き立ち、親族一同が話し合ってジャワの性悪女に引っかかったバ
ンテン先生を正気に戻させるためにホンランをスマランへ行かせることを決めた。リーホ
アは既に結婚していたから、養子のシアウエンがホンランに付き添って船に乗った。


大金を支出して金回りが最悪になっているばかりか、世間に背を向けられて傷心に陥って
いるバンテンのところに、故郷にいる妻と養子が様子を見にやってくるという手紙が届い
た。バンテンの心は戦々恐々に陥った。家族騒動が起これば、また世間からの白い目と蔑
笑を甘んじて受けなければならない。

しかしビンニオは夫の最初の妻がやってくるのは当たり前のことと考えていた。ビンニオ
は夫の名声と世間からの評価をどうすれば守れるのかということをじっくりと考えた。最
初の妻と自分が姉妹になれば、それで問題は何も起こらなくなるだろう。

ホンランとシアウエンが乗った船がバタヴィアのタンジュンプリオッ港に到着したとき、
ビンニオが自ら船に上がって来てふたりを迎えたことにホンランは驚かされた。ホンラン
とシアウエンがスマランのバンテンの家に着くまで、バタヴィアのホテルからスマラン行
き汽車の手配、スマラン駅から家までの移動のありとあらゆることをビンニオがすべて片
付けた。自分を姉と呼んで大切に遇するビンニオの態度に接して、ホンランのイメージの
中にあった性悪女の姿は霧消してしまった。

バンテンの二人の妻は本当の姉妹のようになった。ホンランの帰国予定日が近付いたころ、
ホンランはビンニオに提案した。「今度はあなたたちが子供を連れて中国に来てください。
ここでとても親切にしてもらったお返しをわたしもしなきゃいけないから。故郷の親族も
夫に会いたがっているし。」ビンニオは即座にその招待を受けた。[ 続く ]