「退化の罠と進歩の流産(1)」(2024年01月17日)

ライター: 社会学者、民主主義のためのインドネシアコミュニティ執行部議長、イグナ
ス・クレーデン
ソース: 2014年10月31日付けコンパス紙 "Keluar dari Jebakan Involusi" 

前進する動きが完璧に行われ得るまっすぐな道程のような単線的社会発展はありえないこ
とをすべての民族が体験している。たとえそうではあっても、社会の進歩は客観的ファク
ターだけが決めるものでなく、そこに関わったひとびとの主観も寄与するのである。

国際社会で多くの賞賛を得たインドネシアのデモクラシーの進歩がSBY政権時代の数年
間を彩った。政治クライシスのない国家指導者の交代はインドネシアの政治史においては
じめてのできごとだった。継承戦争が起こらなかったのだ。

ホリゾンタルなコンフリクトはあちこちでもちろん起こっているし、テロリストの動きも、
そしてセクト主義者間の緊張も起こっているとはいえ、国家行政は政治クライシスなしに
動いている。国民は意見表明の自由を愉しみ、報道界も国家権力の干渉と抑圧から免れて
いる。それらのことがらを超えて、インドネシア国民が国家指導者と国民の代表者を、上
は大統領から国会議員、下は村長に至るまで、直接選挙で選出できたことに世界は高い評
価を与えた。

今年テレビで行われた大統領候補者キャンペーンの中で、プラボウォ・スビアント+ハッ
タ・ラジャサ組がジョコ・ウィドド+ユスフ・カラ組に質問を出した。地方首長選挙は直
接選挙システムをまだ続ける必要があるのだろうか。地方議会を通して選出する方式はど
うだろうか?なぜなら、直接選挙には地元びいきや人脈といった要素が強くからむし、ホ
リゾンタルコンフリクトを招きやすい。おまけにたいへん巨額な費用が発生する。地方議
会を通して選出すれば、数兆ルピアの国費が節約できる。

ジョコウィはそれにこう答えた。直接選挙の一番重要な点は国民の主権行使にある。費用
やホリゾンタルコンフリクトの問題は解決されなければならないテクニカルなものであり、
その解決は可能である。

< 国民を悪者にするな >
整然とした論理展開で多くの論者が地方首長直接選挙に対する否定論への反論を述べてい
る。本論は社会発展の考え方あるいはビジョンに関する特別の関心を示すことを意図して
いる。進歩に関する主観性が問われるのはそのポイントにおいてなのだ。往々にして、わ
が国民はさまざまなことがらで悪者にされているが、わが国にマネーポリティクスが拡大
しているがために、国民を悪者にはできないのだ。マネーポリティクスを最初に始めたの
は誰だったのか?

マネーポリティクスは政治エリートが始めたものだったと言って間違いあるまい。金を持
っていたのはかれらなのであり、国民の希望を金で買うことができるとかれらは信じたの
だ。そして取引が行われ、票の売買へと進展して行った。その売買の中で政治エリートか
らの票の需要が高まって行ったために、市場原理そのままに需要の高騰が投票者の持って
いる票の価格を吊り上げることになった。取引は値が張るようになり、地方首長選挙はハ
イコストどころか、ヴェリーハイコストになった。

しかしそのハイコストは政治エリートが始めた取引ポリテイクスの結果なのである。それ
は結果であったというのに、直接選挙をやめて地方議会を通す間接選挙に切り替えるため
の原因や理由にされたのは実に皮肉なことではあるまいか。そのハイコストは政治エリー
トたちがマネーポリティクス行為をやめて、選挙というものは無統制にタワルムナワルを
行なう闇市場でなく、より良い暮らしと公正な福祉を実現するために自分たちを統率する
のにふさわしくまた有能なのは誰かを決めるための、国民に与えられた権利であり機会で
あるという社会教育を行なえば解決できるものであると言うのに。[ 続く ]