「ヌサンタラのコーヒー(59)」(2024年01月18日)

コーヒーの香りがする黒い液体は苦味がかった酸味が感じられ、水の比率が大きすぎるコ
ーヒーを飲んでいるようなセンセーションを感じた、とコンパス紙記者は書いた。この飲
み物はもともとAie Kawaと呼ばれていたのかもしれない。アイェとはミナンカバウ語で水
を意味し、カワはコーヒー木の名称だったように思われるが、現代ミナン人はこの飲み物
を一般にkopi kawa daunと呼んでいる。水を意味するミナンカバウ語は辞書にaiaと記さ
れており、アイェは少し訛った発音かもしれない。

カワをアラブ語カフワと解釈して良いなら、コピカワダウンとはコーヒー葉のコーヒーと
言っているように思われ、つまりはあくまでもコーヒーの一種と認識されている印象を受
けるのである。現実にインドネシアではコーヒー葉の飲料をそう解釈しており、この変種
コーヒーは西スマトラ州タナダタル、ブキッティンギ、アガム、パヤクンブのラパウへ行
けば誰でも賞味することができると西スマトラ州の観光業界者は語っている。それを賞味
するときはホカホカのピサンゴレンと共にどうぞ、という話だ。


ところが2015年のWorld Tea Expoでカナダの茶メーカーがコーヒー葉の茶をハーブテ
ィーとして紹介し、一躍脚光を浴びた。使われたのはニカラグアのコーヒー農園から採集
された葉であり、coffee leaf teaという名前でプロモーションの舞台に載った。

この飲み物を茶として定義付けたひとびとは、アラビカ種もロブスタ種も特に違いはない
としている一方、この飲み物をコーヒーと規定しているミナンカバウ人は絶対にアラビカ
種でなければだめだと言明している。

そのハーバル茶はコーヒーの木の葉を焙煎して挽いたもので、淹れ方は茶と同様の熱湯を
かけてエキスを抽出させる方法。カフェイン量が普通の茶やコーヒーに比べて少なく、味
はパラグアイ茶に似ているそうだ。

歴史的にエチオピアではkutiと呼ばれているこのハーバル茶が16世紀から飲まれており、
コーヒーの収穫祭にはクティに砂糖や塩を混ぜて飲むのが慣習化していた。他にもウガン
ダ・スーダン・インド・ジャマイカのひとびとがコーヒー葉茶を昔から飲んでいた。だか
らミナンカバウ人の専売特許品ではなかったということらしい。

インドネシアでもジャワとスマトラにオランダ人によるコーヒー農園が拡大した19世紀
ごろから、農園で働くプリブミたちが住んでいる農園周辺の村々でコーヒー葉を使った飲
み物が飲まれていたという話になっている。


2010年8月2日のコンパス紙にアイェカワの紹介記事が掲載された。アガム県バソ郡
ナガリサロで催されたイノシシ狩り大会の打ち上げに、多数の関係者にアイェカワが振舞
われたのだ。催しを取材に来た記者も相伴にあずかることになった。農作物を荒らす害獣
イノシシからの被害を小さくするために、イノシシ退治の催しは毎年行われている。

コーヒーの香りを発する濃い黒色の液体の匂いを嗅いでから、リサワティさん42歳はテ
ーブル上に並べられたヤシ殻製の容器に液体を注ぎ始めた。イノシシ狩りに参加した男性
たちがさっそくやってきてヤシ殻の容器を手にする。容器に砂糖が加えられる。

「眠気覚ましになるし、飲むと元気になるのよ。」リサワティはそう語る。かの女はこの
液体をアイェカワと呼んだ。アラビカ種コーヒー木の葉を火の上で焙ってカリカリにする。
その状態で保存しても半年間は大丈夫だそうだ。砕いた葉を容器に入れて熱湯をかける。
最後はヤシの木の繊維を束ねたもので濾すとできあがり。濾された液体がポットに入れら
れてヤシ殻のカップに分配されるのである。


アイェカワに使う葉はアラビカ種でなければならない。ロブスタの葉では十分な濃さが得
られないからだ。ロブスタでアイェカワを作る者もいるが、あまり好まれない。アイェカ
ワは頭痛や背中の痛みに効く。隣のナガリからイノシシ狩りを見に来た住民のひとりは記
者にそう語った。

リサワティは子供のころからアイェカワを飲んでいる。祭事でひとびとが集まり華やいだ
雰囲気の中で飲んで来たアイェカワが、かの女の体験した楽しく懐かしい思い出のこもっ
た心情を条件反射のようによみがえらせているにちがいあるまい。

ミナンカバウではたいていのひとが、アイェカワが生まれたのはオランダ人がプリブミに
コーヒーを飲ませなかったためだと語る。木に生ったコーヒーの実は全部オランダ人が国
外に運び出したため、プリブミは葉を使ってコーヒーを飲むしか方法がなかった。コーヒ
ーの実はたとえ地面に落ちた物でも、プリブミがそれを拾って家に持ち帰ることをオラン
ダ人は厳禁した。コーヒーはオランダ人トアンの飲み物であり、オランダ王国を富ませる
ための商品なのだ。ヨーロッパに送れば金になるものを土人に使わせてなるものか。みん
ながアイェカワの由来を植民地支配者の原住民搾取に結び付けている。[ 続く ]