「海を忘れた海洋民族(6)」(2024年02月20日)

ライター: CRCS研究員、ガジャマダ大学修士課程、ムナウィル・アジズ
ソース: 2011年1月29日付けコンパス紙 "Kebaharian Nusantara, Kebaharian Kita"

ヌサンタラ、あるいはインドネシアというものは、そこに住みそこに帰属意識を持つ民衆
にとって、過去と現在の姿ならびに未来に投影された像としての実体と存在基盤に関わる
イメージの中に存在している。しかしそれはベン・アンダーソンが言うイマジンドコミュ
ニティのような、そこに含まれる社会が持つ単なるイメージ的な想像ではない。過去に海
洋民族・海洋国家として世界に知られた確固たる存在であったことを筆頭にして、ヌサン
タラ自体がいくつかの特徴を有しているひとつの事実なのであり、具体的なリアリティな
のである。

ところがわれわれ自身がすべて認識していたわけでないさまざまな原因によって、過去に
存在したリアリティは現在消滅してしまった。「わたしの先祖は船乗りだ」という一節は
われわれの内面から表出する現状認識でなくなり、歴史的文化的そして実感として既に大
きく幅開いた間隙を乗り越えろと叱咤する呼び声になってしまった。

海洋国家としてのアイデンティティは跡形もなく消滅し、農業と農園を踏まえた大陸型権
力構造を持つ文化に取って代わられた。われわれの漁民と海上パトロールが他国のパワー
を前にして身をすくめ膝を折っている姿を目の当たりにして、われわれは呆然とするばか
りだ。

海上のパワーをメインの武器にする海洋国家としてのインドネシアの覇権の足跡は、明白
な姿を描き出している種々の情報ソースの中にたどることができる。アリシオ・サントス
(2009)はプラトーが書いたアトランティス国がインドネシアを指していることを確信して
いる。伝説のその国は高い文明と進歩したテクノロジーを持ち、高い海洋文化を築いた優
れた人材に満ちた国として描かれている。

< ヌサンタラのイメージ >
サントスの研究はプラトーが「国家」をはじめとするいくつかの論説の中に描いたアトラ
ンティス国の観念がもたらしたミステリーの幕を開こうとする試みだった。インドネシア
がアトランティスだと想定したサントスの解説にはインドネシア人が忘れてしまった海洋
パワーの潜在性に関する多くの事実が提示されている。プラムディア・アナンタ・トゥル
も同様に、外国コロニアリスト勢力の船隊に対するヌサンタラ海運船隊の影響力について
その著「逆流」の中で物語っている。

ベルナルズ・フレッケ(1961)は諸外国の海軍に対するスリウィジャヤやマジャパヒッの海
軍力の優秀さを論証した。ロバート・ディック=リードはヌサンタラ船隊の航跡をマダガ
スカルにまで追った。その著「幻の航海者:古代アフリカへのインドネシア人移住者の証
拠」(2005)でインドネシア人先祖の海洋文明の足跡に関する深いリサーチをディック=リ
ードは行なっている。

ディック=リードの記述した考古学的歴史的データには、Tambus人、Mantang人、Barok人、
Galang人、Sekanak人、Posik人、Moro人、Sogi人などの、海で暮らし海と深く関わってい
る文化を持つOrang Lautと呼ばれる諸種族がカリマンタン周辺とシンガポール〜スマトラ
間の海峡一帯に見つかっていることが挙げられている。

かれは更に、スラウェシとミンダナオの間にはコラコラ型の船を駆って戦争することをを
好むSomal族がおり、1847年にイギリスの蒸気船ネメシス号が40〜60隻から成る
ソマル族の海賊大部隊と遭遇した記録を取り上げた。その船隊は80人が乗った長さ24.
384メートルの船と40人が乗った長さ21.336メートル幅3.657メートルの
船の二種類から成っていた。その他にも海で生きる有名なBajo人がいる。バジョ人はスリ
ウィジャヤ王国の海軍を務めていた可能性が高い。

< 海洋パワー >
上に述べたディック=リードの調査結果は、海洋を支配する能力を元にして昔のインドネ
シア人がどのようにパワーと国家と文化を築いたかという史的事実を示している。その特
別な能力がいったいどうしたわけか、忘れ去られてしまった。先祖の船乗りが実際に身に
着けていた優秀さとパワーを探し出し認識する新たな努力をわれわれは払う必要がある。
利益の衝突が起こるのは多分避けられないだろう。しかしわれわれがその衝突を、大陸と
海洋というふたつの文明パワーを一体化させるポジティブで建設的な弁証法的アプローチ
で撚り合わせることができるなら、何も心配する必要はない。それが行われるかぎり、い
ったいだれがこの民族の進歩を阻むことができようか。新しい世界のパワーになるために?
それはない。自分自身の卑小さ以外には。‐ムナウィル・アジズ
[ 続く ]