「ヌサンタラのコーヒー(86)」(2024年02月28日)

バリ島のコーヒー産地である西端のププアンからバトゥリティ、キンタマニ、そして東端
のクブに至る高地部はバリ島南部地域にとっての集水域をなしていて、降水の地中浸透と
地表水の保持・蓄積がたいへん重要な機能にされている。ところが、コーヒー林が果樹・
野菜・花に転換されてから、その機能が低下し始めた。石が多く傾斜の急なこの地域で鉄
砲水・氾濫水流・地すべりなどの天災が増加するようになったのである。しかも土地の浸
食が激しくなってきた。

2011年の1月から3月までの間に出水と地すべりが29回も発生した。死者5人、け
が人15人、家屋破損57軒がその被害だ。州庁農園局はその対策にコーヒー栽培の復活
を決意した。バリ州庁はコーヒー栽培を住民の経済活動を超えるものとして位置付けたの
である。行政が地元産コーヒーの生産販売をバックアップすることはどこの州でも行われ
ているものの、バリ州にとってそれは農民の経済生活強化と福祉向上を超えた郷土保全の
意味すら持つものになっている。


コーヒーはバリ人にとって、単なる心身をシャキッとさせる飲み物にとどまっていない。
バリ人が他のバリ人の家庭を訪問するとウエルカムドリンクにコーヒーが出される。訪問
した用件の話が一段落すると、二杯目のコーヒーが出される。この二杯目のコーヒーを誤
解してはいけないのだ。用事が終わったから、この二杯目のコーヒーを飲みながらのんび
りと世間話をしようということではないのである。用件が終わったから、この二杯目を飲
んで早々にお帰り下さい、という意味が二杯目のコーヒーに託されたメッセージなのだそ
うだ。

バントゥンbantenと呼ばれる、バリ人が毎朝用意する祖先へのお供え物の中にコーヒーが
混じるのも普通の習慣だし、ガルガンGalunganの大祭から25日前にバリヒンドゥ教徒は
植物の守護神であるSanghyang Sangkaraの降臨をお迎えするためにtumpek uduhあるいは
tumpek warigaと呼ばれる祭礼を催す。

その日、ブレレン県バンジャル郡ムンドゥッ村の住民はコーヒー寺院に詣でてサンヒャン
サンカラの降臨を祝う。コーヒー寺院Pura Kopi Subak Abian Mundukは1920年に建立
された由緒のある寺だ。


キンタマニの村民が本格的なコーヒー生産を開始したのは2000年代に入ってからだと
キンタマニ郡マニッリウ村スバッアビアンムルタサリの生産性事業ユニット長は語る。そ
れまではただ伝統的なやり方でコーヒーの実を摘み、それを適当に処理しているだけだっ
た。実を摘むときも、完熟した赤い実だけを摘まないでその枝の全部を摘み、何カ月も乾
燥させていた。それで良質のコーヒーなどできるわけがない。

コーヒーの正しい生産方法が指導され、良質のコーヒーを作るために全キンタマニ郡に1
6台のコーヒー加工機器が完備された。今では、キンタマニのコーヒー生産農家はみんな、
正しい実の摘み方から乾燥・焙煎・粉に挽く工程を国際スタンダードに従って正しく行っ
ている。

アビアンムルタサリのユニット長が統率している生産農家組合には2百戸の農家が参加し、
120Haの土地で年間60トンを生産している。実の収穫が多すぎたときにはシガラジャ
の組合に過剰分を回しているそうだ。

生産されたコピキンタマニはスラバヤ港からフランス・ドイツ・オーストラリア・米国・
日本・韓国などに向けて船積みされている。[ 続く ]