「ヌサンタラのコーヒー(92)」(2024年03月07日)

そのころ、その地方で栽培されていたのはロブスタ種で、生産量は豊富であるにもかかわ
らず、スンバワ県内から外に出ることが起こらなかった。マタラム大学畜産学部を出たス
ンバワ女性ヌライニさんが39歳のときにバトゥランテの主婦たちに正しいコーヒーの加
工処理方法を指導し始めた。

コーヒー畑で摘んだ実をまず赤や茶色のものと他の色のものに分ける。そしてそれぞれの
群を同種の色に細分類する。そうしてからそれらをまたサイズの違う群に分けるのである。
続いてその群ごとに洗浄し、二三日天日乾燥させる。

焙煎は炉の火力をまず一定にさせることから始まる。そして煎るのは2時間にとどめる。
容器の鍋に入れるのは一回2キロまで。焙煎された豆を粉に挽き、それを定められた篩に
かけて均一な密度の粉末にする。

ヌライニさんのリードはそこで終わらない。主婦たちの作った粉末コーヒーをデザインさ
れたプラスチック袋に入れさせて商品にしたのだ。コピバトゥランテが地元民の飲料にし
かならないのではもったいない。もっと広い世の中に出してたくさんのひとびとに味わっ
てもらいたい。

かの女はスンバワ県の県庁所在地スンバワブサルの町を訪れてコーヒー販売店やワルンを
足で巡った。役所や民間オフィスに勤めているひとに無料で売り物を進呈し、オフィスの
皆さんで飲んでみてくださいと依頼した。

コーヒー販売店やワルンでは最初、冷ややかな対応が返された。全国規模のメーカーが出
している粉末コーヒーパックがあふれているし、ローカル産でもミルク・ギンセン・ショ
ウガなどの混ぜられたバリエーションがいっぱいある。あまり見映えのしないパッケージ
デザインのローカルコーヒー豆はほとんど余地がないだろう。

しかしかの女は引き下がらなかった。「置くだけ置いてみてください」と依頼し、それで
も突っぱねられた店には何度も足を運んで頼み込んだ。そうしておいて、ときどき置かせ
てもらった店を覗きに行く。品物が店頭からなくなっていれば、また置かせてもらう。

7〜8年後にはコピバトゥランテを置いているコーヒー販売店やワルンが38に増えた。
販売を始めたころは月間生産量が数キロだったというのに、そのころには1トンに達する
ようになっていた。

そればかりか、ロンボッ島のマタラムやスラバヤにも販路が広がり、ジャカルタにも商品
が30〜40キロ毎月送られるようになった。インドネシア国鉄からも毎月100キロの
納入注文の声がかかったことがある。そのときはそれに応じるだけの生産体制が整ってい
なかったために実現していない。2007年のその時期のコピバトゥランテ生産者販売価
格は200グラム入りパックが7千5百ルピア、100グラム入り3千5百ルピア、サシ
ェット1千ルピアで、店側はそれを8千ルピア、4千ルピア、1千5百ルピアで消費者に
販売している。


同じバトゥランテ郡バトゥドゥラン村Punik部落で作られているコーヒーは独特のアロマ
を持っていて、最近世の中に認められるようになった。フルーティで苦く、旨味がある。
スンバワ島で穫れるコーヒーの中で最高のものだと絶賛するひともいる。まるでコロンビ
アコーヒーのようだというコメントも得られているし、味覚がとてもクリーンだという声
もあった。

Rokamと呼ばれている場所にプニッ部落の祖先がコーヒーを植えた。そこは海抜1,200メー
トルの高度にあって、そこで穫れたコーヒーは同じ村の中のもっと低い場所でできたコー
ヒーと味覚が異なっているのだ。

総面積2千Haのプニッコーヒー農園にはアラビカとロブスタが両方植えられている。年間
生産量は1千トンにのぼり、ロンボッ・バリ・ジャワ・スラウェシ・東ヌサトゥンガラを
始めとして海外にも送られている。[ 続く ]