「海を忘れた海洋民族(終)」(2024年03月08日) ライター: 文筆・研究フリーランサー、パティ在住、ムナウィル・アジズ ソース: 2010年7月31日付けコンパス紙 "Adab Pesisir dalam Kuasa Pedalaman" 知識層と権力者の関係は歴史の中でしばしば苦い様相を示している。インドネシア知識層 の将来は過去においてそうであったように、権力者のくびきから脱することができないだ ろう。権力の拝跪者になった知識層の話はグラムシが呼んだオーガニックインテレクチャ ルをしのいでいる。権力とイメージの誘惑の手中に握られたセレブリティ知識層グループ の中で修道者的知識層はたいていいつも辺縁部に押しやられているのが普通だ。 そのようなインドネシア知識層の地勢図の中に形成された精神はわれわれに、コロニアリ ズムと内陸王国覇権の歴史遺産が現代インドネシアの底辺に深々と突き刺さっている事実 を教えている。 ある研究の中でユディ・ラティフ(2005)は、知識層の創造的産物とその思考の枠組みがど うだったかという様相を明らかにするためにインドネシア知識層の歴史を探った。そして コロニアリズム・権力・知識層の癒着が20世紀の思想産物の基盤をなしていることをか れは見出したのである。 言い換えるなら、インドネシア知識層の心が依然としてインランダー精神にいかに強く握 りしめられているかということをそれが示している。コロニアル文化は、権力者のあらゆ る命令に服従し自己を委ねる知識層の資質を形成することに成功したのだ。権力宇宙は黄 金色に光り輝き、互いに争奪し合う宝物の姿を示すものになった。たとえばヨーロッパコ ロニアリズム前の、本源的な力強さ、自立性、知能性に満たされていたマジャパヒッ王国 時代と比較するなら、われわれのエリート層の精神はその逆流になっている。権力が内陸 部に移動したとき、マジャパヒッの偉大さはすべて色褪せ、それどころか消失してしまっ た。 < 内陸型権力 > 内陸型権力構造の歴史の始まりを示す道標は、ジャワの覇権をジョコ・ティンキルがその 手に握ったときだった。その足跡を引き継いで興隆したマタラム王国の諸原理の中には今 日にいたるまで、いくつかの特定分野における評価基準となって生き残っているものがあ る。今日のインドネシア政治状況を分析するのに、たくさんの評論家がマタラム時代を参 照項目として使っている。 ジョコ・ティンキルの覇権確立(つまりはマタラムの覇権)はジャワ島海岸部の文明と覇 権の衰退を意味していた。ヌサンタラの古代王国が築き上げた文明パワーはガジャマダの マジャパヒッに黄金の冠を授け、そしてマジャパヒッを後継したドゥマッの栄光を最期に して衰退の道を歩み始めたのだ。インドネシア人が持ったパワーの大黒柱を支えていた海 洋文明の末路がそれだった。 ドゥマッの権勢が衰えると、ジョコ・ティンキルはパジャン王国を力ずくで興した。王都 は内陸部へ、山地部へ移された。海洋文明から内陸文明への逆流だ。それは知識層の生活 と一般諸文化に当然の帰結をもたらした。 ナンシー K フロリダ(2003)はジョコ・ティンキルによるパジャン王国の建国を、内陸部 に安定した権力構造を作り上げた偉業として高評価している。ガジャマダによるマジャパ ヒッの興隆は海岸部の文明が持った、ヌサンタラを統一しようとする熱意に取りつかれた 闘士=船乗り精神の発露だったのである。 < ヌサンタラのイメージは海岸部 > マジャパヒッの覇権下に統一されたヌサンタラという領域空間は海洋のイメージと海岸部 の精神に彩られている。フランス人歴史家デニス・ロンバールが述べているように、ジャ ワドゥイパはさまざまな流れ・パワー・文化の交差を結び合わせる重要地点だった。そこ はあらゆる形態の文化・経済・政治・宗教の表現と産物にとって交差・混合・雑種化が起 こる空間になった。 その時代のジャワはヌサンタラの諸種族の文明と文化におけるセンターとしてまた指標と して存在することができた。ヌサンタラのイメージの中で、ジャワと他の島々は一体とな った。ジャワの長期に及ぶヒロイックな文明の足跡こそがインドネシア人の存在とリアリ ティに関するひとつの鍵をなしている。 ロンバールはジャワ島の地理に関して、海岸部を重要な部分に位置付けている。歴史学・ 社会学・人類学などの面からの研究にもとづいたかれの分析は、海岸文明精神がインドネ シア人に創造的な闘士であると共に開明的で友愛性や進歩に対する受容性の豊かな資質を もたらしたことを示している。 一方、内陸型権力文化は封建的プリヤイ姿勢・自己閉鎖性・権力喪失への不安などの性質 をもたらす傾向を持っていた。権力は争奪し合う対象になり、知識人や闘士の精神を弱め る資質を育てるのだ。グナワン・モハマッ(2003)はこのように明言した。ジャワの支配者 はtakhta(王座)にばかり心を走らせ、tata(秩序)の形成を忘れる傾向がある。 そのtakhta文明がいま海岸文明を抑えつけている。内陸型権力文化が権力の誘惑とセレブ リティライフスタイルに忙殺されているインドネシア人知識層の重要な遺産になっている のだ。 そこに、昨今頻発している大問題から脱け出すためにわれわれが見出すことのできる最善 の道が横たわっているかもしれない。栄光に照らされた未来への道。真のわれわれ自身に 回帰する道が。[ 完 ]