「ヌサンタラのコーヒー(100)」(2024年03月21日)

そんなブル島で、先住民であるラナ人がコーヒーを栽培し、コーヒーを飲む習慣を伝統的
に持っていたという話はわれわれを驚かせてくれる。統計数値の世界では、ブル島のコー
ヒー栽培面積は180Ha、生産農家8百戸、年間生産量68トンという数字が躍っている。
かれらはコーヒー栽培を自家消費目的だけに限定して行っているにちがいあるまい。

2007年4月にコンパス紙はラナ人の世界をテーマに採り上げたルポ記事を3回にわた
って連載した。その中のひとつがラナ人のkopi siwiに関するものだった。

Mahi pa mainuk kofi siwi.
ラナ人の部落を訪れたときに部落民のひとりがラナ語でそう言ってくれたなら、その訪問
者はたいへんな尊敬を示されたと考えなければならない。そのラナ語の意味はインドネシ
ア語でこう解釈される。Mari kita minum kopi siwi.

シウィとはtemulawakのことであり、トゥムラワッの調合されたコーヒーがコピシウィと
呼ばれるものだが、ときにはトゥムラワッでなくてショウガが調合されたものが出て来る
こともある。サトウキビの搾り汁とトゥムラワッの独特の辣味の入り混じったコピシウィ
の雅趣はブル島ラナ湖周辺でしか口にできないものであり、ラナ湖地方の素朴な自然と空
気にぴったりフィットするものという印象をわれわれは抱くことになる。

小さいコップに注がれた熱いコピシウィは冷たい山地の空気の下で、われわれの肉体に最
上の快適さをもたらしてくれる。腹に入った温もりが徐々に全身に広がって行くのだ。

ラナ人がコーヒーを飲むとき、かれらは自宅でコーヒーを作る。家の裏庭や畑にコーヒー
の木が植えられていて、実が熟すと豆を乾燥させて保管する。コーヒーを飲むとき、その
豆を熾火で30分ほど煎ることからコーヒー作りが始まるのである。

焙煎が終わる5分くらい前に、焙煎鍋にシウィ(時にはショウガ)の断片が加えられる。
シウィの量はお好み次第だ。強い味覚をお好みなら、シウィもたっぷりになる。普通の強
さであれば1チュパ当たり3切れのシウィという分量比だ。チュパとはコンデンスミルク
缶の容量だそうだ。コーヒーとシウィが一緒に焙煎されるときに香りは家の表にまで広が
り、それを嗅いだ者は欲望を募らせる。

焙煎されたコーヒー豆とシウィは一緒に粉にされてから、鍋で沸騰している熱湯の中に混
ぜ込まれる。10分間弱火で沸騰させ続けたあと、鍋は火からおろされてヤカンに液体が
移される。集まっている人数分だけ小さめのグラスが用意され、液体がグラスに分けられ
て各人の前に置かれる。すると家の主が言う。「マヒ パ マイヌッ コフィ シウィ。」


「われわれが毎日コフィシウィを飲んでいるわけではありません。特別な何かがあったと
きとか、このように客人が訪れたときだけですよ。」住民のひとりはコンパス紙取材班に
そう語った。

コピシウィを飲みながらの歓談は、リラックスしユーモアの横溢する心地よい雰囲気に満
ちていた。客を歓待する社交儀礼にはたくさんの作法があり、それらが規範通りに行われ
ればたいていの客人はそれで満足する。そんな通り一遍の人間関係を超えてもっと深く親
密な関係を作ろうと望むとき、コピシウィの場が用意されるのである。客人の人間性の中
にまで関わって行こうとする姿勢は客の人間性に対する尊重の念を示すものだと言えない
だろうか?

「このコーヒーはラナ湖にしかないものであり、海岸地方にはありません。もしもいつの
日かあなたがどこかでコフィシウィにめぐり逢ったとき、あなたはきっとラナ湖を思い出
し、そして今日出会ったわれわれとのこの小宴を思い出すでしょう。」この小宴にやって
きた隣人のひとりは満面に歓喜の笑みをたたえながらそう語った。

記者は書いている。コピシウィを体験したときのセンセーションは記憶の中に刻み込まれ
た。その伝統飲料を示す言葉を耳にするとわが思いはラナ湖に飛び、かの地で出会った心
優しく温かいひとびととの触れ合いの中に戻って行きたい衝動をわたしにもたらした。
[ 続く ]