「マカサルの洋学者(5)」(2025年06月16日) 確かなのは、ルイス・デ・グラナダの、スペイン語で書かれた全オリジナル著作がかれの 書斎の一画を占めていたことだ。イベリア半島の詩人の作品ばかりか、ルネッサンスとい う言葉の中味を満たした夢想家たち、他地域のヨーロッパ文学者たちの作品もそこにあっ たはずだ。ダンテ、ルイス・ドゥ・カモエス、ラブレ、シェイクスピア、ミゲル・デ・セ ルバンテス、・・・ かれがドン キホーテとサンチョ パンサの物語を読んだとき、かれの心に起こった反応は どのようなものだったのだろうか?世界文学史において最初のモダン文芸作品とされたそ の小説をかれは好んだだろうか?セルバンテスの詩的真実と史的真実の別け方、ドン キ ホーテが行った騎士の人生と知識人の人生の区別に対するかれの答えはどのようなものだ ったのだろうか? 地球儀がかれの書斎に運び込まれてからマカサル海峡に太陽が沈みかかる瞬間まで、かれ がその部屋を一歩も出なかったことが想像される。ブラウのアトラスと比較し、自分の体 験をそこに重ね、領土の地図と照合しながら、かれは夢中でその銅製の玉を回し続けたの ではあるまいか。 まずソンバオプの位置を探して南北両極の中ほどにそれを見つけ出し、次にジャワとルソ ンの間で最大の覇権を持つゴワスルタン国の領土をそこに描いた。それから、かれはもう 何十年も前から耳にしていた世界の有名な都市の位置を探した。たくさんの都市名がかれ の頭の中にあった。 それらの町々を探すのに、かれの指は大洋から大洋へ、大陸から大陸へと滑った。そして はじめてオランダ人がかれのところにやってきた時のことを思い出した。オランダ人はき っと現状が理解できないでいることだろう。 日本では、徳川家康の樹立した王朝が外国に門戸を閉ざす方針を採っているにもかかわら ず、オランダ人が唯一のヨーロッパ人として定住を許されている。その一方でゴワでは、 国があらゆる外国人に門戸を開放している中でオランダ人だけが商館を開くことを禁止さ れている。 はじめてやってきたオランダ人は礼節に満ちた態度で総督が商館建設の許可を求めている ことを弁じた。その使者はオランダ人がヨーロッパの特異な民族であることを述べ立て、 80年間の戦争で弱いスペインを撃ち破ったことや王の首をはねたイギリス人の残虐さを 物語った。 パッティ~ガロアンの指はロンドンを探し、オリバー・クロムウエルが支える議会が最終 的に国王チャールズ1世を断頭台に上らせたことを頭の中で反芻した。かれは第13代国 王のカラエン トゥニパスルを思い出した。15歳で玉座に上り、ゴワの高官たちを気随 気ままに解任し、バテサラパ~ガ連邦の独立性を破壊し、自分の嫌いな人間を処刑しまく った人物だ。イパケレッタウ(首切り殿下)というのがこの王の綽名になった。この王は あたかも第8代ゴワ王トゥジャッロ リ パッスッキという祖先がいたことを忘れたかのよ うに、見苦しい統治法を実行した。その祖先はアモックを起こした配下の者に刺されて死 んだのだ。その配下の者は王が我慢ならない侮辱を自分に言い終えるやいなや、処刑の短 剣を振るったのである。 若王の身勝手な横暴をもう十分と見た民衆と長老会議が対策に動いた。殿下は王位をはく 奪されて王国領の外に追放された。首切り殿下の在位は3年間だった。[ 続く ]