「マカサルの洋学者(6)」(2025年06月17日)

地球儀の上で世界の大都市を訪れ、初めて見た諸大陸に住む住民の知識を推測し、ほとん
ど全ヨーロッパをまきこんだ80年間の戦争を終わらせたウエストファリアの位置を確か
める間、かれは何度も知識がもたらす恍惚と苦悩に襲われた。

その地球儀の上の諸点はかれがいまだ体験したことのない啓示にかれをいざなった。何年
もの間かれが積み上げてきた知識や情報のかけらは互いに関連性を示さず、ひとつにまと
まることを拒んでいるように見えていた。ところが今、すべてが変化した。あらゆる情報、
いやそればかりか、忘れたり意識の底に沈んだものまでが竜巻のように渦を巻いて上昇し、
寄り集まってひとつの世界、一個の新しい知識の宇宙を構成したのである。

地球儀の表面はかれの目に、単なる無機物として映っていなかった。あちこちで火が燃え、
熾火になり、小さくなった。境界線は広がったり縮んだりした。表面はまるで生き物のよ
うに脈打ち、互いにからみあい互いに呑み込もうとする素早い動きを見せた。地球儀は後
世の人間が歴史と呼ぶようになる絵巻物をかれに示して見せたのである。

パッティ~ガロアンは自分が巨人になったように感じた。その大きな地球儀がかれの頭の
中に吸い込まれてかれという人間の一部になり、言葉で形容できないほどの快感をもたら
した。その知識の恍惚感は数秒続いた。それから怖ろしい崩壊感が恍惚感と入れ替わった。
地球儀はかれから分離して外の物体になった。かれは小さくなり、微小な存在になってそ
こにある地球儀の上に吸い込まれた。回転と変化を続ける宇宙にいる、何の意味もない埃
のような存在である自分をかれは見出していた。


パッティ~ガロアンは自分の国の矮小さとセレベスの軽さを覚った。マカサルの先祖が遠
いチャンパ、マレゲ海岸、マダガスカルなどへ航海したことをかれは知っている。しかし
そんなものはポルトガル・スペイン・オランダ・イギリスなどの諸民族が行っている航海
に比べたらちっぽけなものに過ぎない。この世界が球体であることをかれらが実証したの
だ。正確な世界地図を作り上げ、この巨大な地球儀を作ったのもかれらなのだ。

かれの脳裏にはひとつの構図が横たわっていた。会ったことのないフォンドゥルが既に予
見した精神的な構図だ。ナショナリストのフォンドゥルはアムステルダムを世界の枢軸と
見なしていた。

パッティ~ガロアンは世界のすべての大都市が世界の枢軸になっていることを知っていた。
ソンバオプだけを例外にして。その理解はかれに心理的な痛みをもたらし、その痛みはさ
っきの快感よりも永く続いた。老境に入ったかれの心に悔しさが育ち始めた。自分も地球
一周の航海をして、世界についての知識をその源泉から直接汲み取りたいと望んだにちが
いあるまい。はっきり言えることとして、スパイスのために互いに潰し合い、あらゆるも
のを犠牲にすることを厭わない、外から押し寄せて来る津波に沈められないような世界の
枢軸のひとつにソンバオプもなることをかれは望んでいたのだ。

混じり合ってひとつになった痛み・悔しさ・不安は、アンドライス・モニョナの著作と言
われている、スペイン語で書かれた大砲制作書のことをかれに思い出させた。しかしそん
なものでネガティブな感情はたいして軽減されなかった。その書物は1635年にマカサ
ル語に要約され、今はパッティ~ガロアンの監督下に完全な翻訳書に仕上げられる段階に
入っている。

一連のヨーロッパの技術書をヌサンタラの言葉に翻訳する活動の頂点は、言うまでもなく
かれの時代に起こったのである。いまインドネシアと呼ばれているこの地域でそのように
システマチックな翻訳活動を行っている王国は他になかった。大砲制作・火薬の大量生産
・その他の武器製造についての書物はスペイン語・ポルトガル語・トルコ語で書かれてい
た。[ 続く ]