「マカサルの洋学者(7)」(2025年06月18日) しかし成長発展して世界に広がるためには、大砲や要塞以上のものが必要であることをパ ッティ~ガロアンは知っていた。それは航海に向かう不屈の精神、新知識への貪欲さ、到 達した成果に安住しないハングリー精神などであり、かれがゴワで育成し拡大させなけれ ばならない目標がそれだった。 ヌサンタラでもユニークな技術のひとつである地図や海図の複製技術をブギス-マカサル に確立させようとかれは努めた。しかしたいへん優れたカルトグラフィ制作技術・軍事テ クノロジー・海上交通技術をもってしても、スラウェシを極地につなげ、オランダをアム ステルダムに至るまで壊滅させ、他の帝国主義的拡張を阻んで自己の大帝国を大陸間に横 たえるにはまだまだ足りないものがたくさんあった。 安穏で快適な生活に必要なあらゆるものがこの国にあると住民が思っていたからかもしれ ない。何千年も昔からヨーロッパがオブセッションを抱いていたマルクがすぐ隣にある一 方で、別世界の命を救うために自分たちが航海する必要はないとゴワの住民たちは思って いたにちがいないだろう。 赤道に近いすべての地域と同様に当時のマカサルも極楽だった。美しい大地が別の極楽の 存在を想像することさえ感覚的に困難なものにしていた。その大地の原住民は歴史が横切 ったことのない青天と、極楽に引き込まれたことのない海洋に囲まれて暮らしていた。極 楽という異世界のコンセプトをかれらに教えたのは外来民族だ。何百年もの間、短い過去 しか持たないこの社会は「永遠なる現在」の中で生き、肉体と水田と横たわる海を愛し、 誉れについての明確な理解と死者の世界に関するおぼろげな観念を持っていた。 軍事テクノロジーは短期間に学ぶことができたものの、その一方で過去を学び過去に敬意 を払う精神を養成するためにはあたかも未来への偉大なる諸計画を備えた大望を築くよう な長い期間と厳しい歴史が必要だった。 イシャの礼拝を終えたかれはマッチニソンバラの塔に灯りを携えて登った。上空からソン バオプを照らす月は常にかれの興味を引く天体だ。子供のころからかれはよく肉眼で月を 見守った。イスラムの重要な日を数え、王国の重要な出来事をヌサンタラに比類のないロ ンタラ年代記に記録するための必要性が月に対するかれの親しみをますます深めて行った。 しかし裸眼が天体望遠鏡に叶うわけがなかった。 地球儀がやってきてから一年後、世界の天文学史を一変させた学術ツールがマカサルに届 いた。ガリレオ式望遠鏡だ。それは1635年にパッティ~ガロアンが先王を説得したこ との成果だった。ゴワ王国は世界最高の天体望遠鏡を所有して天との距離を縮める必要が ある。それは金で買える道具なのだ。 パッティ~ガロアンの目が接眼レンズを覗き込んで天空をさまよったとき、かれの動悸が 高まったにちがいあるまい。そこにトゥマヌル~ガ リ タマラテの足跡が何か残っていな いかとかれはじっくり調べたように思われる。天上界から地上に遣わされてゴワ王国を興 した天女に関りのあるものをかれは探したはずだ。しかしそんなものは影も形も見つから なかった。かれは望遠鏡と自分の心の焦点を月に合わせてじっくりと見入った。そのころ ヨーロッパでは、ドイツ人ヨハネス・ヘヴェリウスが月面の正確な地図を作り始めたとヨ ーロッパの科学史に記されている。パッティ~ガロアンがマカサルで望遠鏡を天空に向け るようになったころのことだ。[ 続く ]