「続・借用語のカオス」(2025年06月24日) ライター: インドネシア語学者、ブディアルト・ダヌジャヤ ソース: 2004年10月16日付けコンパス紙 "Politikus dan Politisi" どうやら、性格や政治ビヘイビアがしっかりしていないだけじゃなくて、わが国の政治家 を示す名称もコロコロ変わって確定していないようだ。ときにpolitikusと呼ばれ、また 別のおりにはpolitisiと呼ばれている。昨今のようにわが国の政治家たちの振舞いが社会 の注目を浴びるようになると、この非一貫性が顕著に目に映る。 Gerakan Antipolitikus Busuk(反腐敗政治家運動)が世の中に登場したとき、一部のメ ディアはantipolitisiと書き、また一部はantipolitikusを使った。 最近の例では、2004年10月8日付けコンパス紙で次の文中にpolitisiが使われた。 Acara Rekonsiliasi Nasional rencananya akan digelar 28-29 Oktober mendatang dengan tujuan mempertemukan para tokoh dan politisi. 時にはこの新聞もpolitikusを使う。2004年10月9日付けのこの記事だ。 Presiden Partai Keadilan Sejahtera yang dikenal sebagai politikus yang bersih... テンポ紙には、単数でも複数の場合でもpolitikusを使う傾向が見られる。 Hidayat menuturkan, semula PKS memang mengajukan nama Irwan Prayitno, politikus muda dari.... またPara politikus kelompok ini berhitung.... (2004年10月7日付けKoran Tempo) この混乱は外国語の語彙をインドネシア語化する際の、もっと全体的な非一貫性の一部を なしている。poitisi, teoretisi, praktisi, teknisiなど、元の英単語の音に関連付け たケースと、politikus, teoretikus, teknikusのようにラテン語接辞に関連付けたもの が併存しているのだ。 この問題についてKBBI編纂者は明瞭な姿勢を示していない。politikusとpolitisiの ようにKBBIはその両者を同じものとして扱っているケースがあって、過剰で無駄な状 態を感じさせている。KBBIはたとえばteknisiとteknikusに微妙な語義の差異を与え ているものの、語源上の合理性に確信が持てない。 KBBIはまた、teoretikusをラテン語の形態に合わせて単数形に関連付けているのに反 し、teoretisiには単複形に関する説明が何も書かれていない。最近はteoretisiの方がよ くメディアで使われているというのに。 ところがKBBIではpraktisiのように英語由来の語彙を複数形と解説しているものもあ る。だったら単数形はどうなるのか?語源学的に見て、その定義付けは信頼しづらい。 Oxford Advanced Learner's Dictionary of Current Englishでは、practicianという語 彙はpractitionerと同義とされ、単数形としても使われるのだから。 かつて、インドネシア大学とガジャマダ大学の間でuniversitiを使うかuniversiteitを使 うかという論争が起こったことがある。英語オリエンテーションかオランダ語オリエンテ ーションかというのがポイントだ。モハンマッ・ヤミン教授がその仲裁に入り、ラテン語 に範を取ってuniversitasを提案して論争が終わった。 KBBIを調べると、-tasや-kusの接尾辞が使われている語彙のほうが多いようだ。わが 国の言語専門家はかなり長い期間にわたってヤミン教授の提案に賛成しているように思わ れる。 最近のわが国のマスメディアは外国語彙の使用に関して英語への傾倒が強まっているよう だ。その傾向は現代グローバル文化が英語をベースにしていることと軌を一つにしている。 英語が現代の生活や学術における交流言語になっていることを思えば、外国語彙の摂取が 英語オリエンテーションになるのは納得性が高い。 だから外国語摂取のオリエンテーションを英語に移す意志を国語行政が明瞭に示すのが重 要なのではないだろうか?現在の二つのオリエンテーションを放置すれば、混沌はさらに 深まるだろう。インドネシアの民衆はこの問題についてどんな方針を採るのか。 もしも大上段に振りかぶるなら、精度を高めるための小規模なクイックカウントが必要だ ろう。もしもそのプロセスの中でpoitikusとpolitisiの選択について投票させたなら、大 衆がpolitikusを選ぶのは容易に推測できる。 わが国の立法府はマネーポリティクスや腐敗行為ならびに公共の利益から外れた事件のゴ シップにまみれ続けている。レフォルマシ時代に地方議会で59件の汚職事件が摘発され、 625人の議員がそれに関与して国庫に4,280億ルピアの損失を与えた。立法府の周 辺で国庫の金を掠め取ろうとする事件は今後もどんどん摘発されるだろう。だから国民大 衆が政治家をpolitikusと呼ぶ傾向は低下しないのだ。 なぜなら、この言葉を分解してご覧なさい。驚くべき結果が出現するはずだ。外国語由来 のこの語彙がインドネシア独特の形態に変身するのである。poliは「多数」を意味する外 来の接辞だ。tikusについて全国津々浦々の同胞は、きっとわたしの考えているものと同 一の意味を頭の中に描くことだろう。