「デリのニャイ(16)」(2025年07月06日) カスミンが管理人助手の家に戻ると、トアンが表の間で新聞を読んでいた。トアンがカス ミンに言う。 「ああ、戻って来たね。あんたの部屋を整えておくようにロスミナに言っておいた。ロス ミナは台所で料理しているから、ロスミナに部屋の場所を教えてもらいなさい。」 「はい、そうします。トアン。」 そう答えてカスミンは台所へ行き、ひとりで料理していたロスミナに尋ねる。 「わしの部屋はもう用意されてるのかな?トアンがおまえに尋ねろと。」 「もう用意しました。裏の脇の部屋があにさまのお部屋。」 ロスミナが平板な口調で答えたから、カスミンはこりゃいかんと思った。ロスミナの気持 ちをこっちに引き寄せておかなければいけない。ロスミナが自分を敵視してトアンに一部 始終を訴えたら、わしはここで血祭にあげられてしまう。 「なんだね、まるでわしを嫌っているようなそのおまえの素振りは。さっきトアンがくれ た金がこれだ。もちろんおまえにも分けてあげる。」 と言って1フローリンコインを一個ロスミナの手に握らせた。本当は監督人頭のコイン袋 に入っていたものなのだが。 カスミンの作戦は図に当たり、ロスミナの顔に微笑みが浮かんだ。女衒が自分の娼婦の歓 心を買うために金を渡したということになる。金をもらった娼婦は自分が愛されていると 思った。自分の身体を使う男から稼ぐ女衒が自分に配当を回してくるなら、ふたりの心は ひとつに結ばれるだろう。 以前、カスミンが妻のロスミナを稼ぎのネタに使うだけで仕事の見返りを与えなかったの は、そんな必要性を感じていなかったからだ。その結果ロスミナが逃げた。しかしこの農 園ではお互いに最善のパートナーにならなければ、稼ぎようがない。 ロスミナが今のトアンのニャイになっても、関係がいつまで続くか、未来のことはだれに もわからないのだ。金だけが人生の頼りであるという認識はロスミナの骨の髄までしみ込 んでいる。カスミンと組んで稼ぎの分け前をもらうのがここでは最善の道だという考えが ロスミナの頭に流れ込んできた。1フローリンコイン1個でロスミナは夫に気持ちを移し た。カスミンは自分の部屋に入って、疲れを癒すために眠った。 夜の8時を過ぎて、トアンとロスミナは晩餐を終えた。伯父さんに夕食を運んでやれとト アンがロスミナに言う。それでロスミナがカスミンの部屋に夕食を届けた。 「自分を邸内の下男に雇うようにトアンに働きかけろ。」 とカスミンはロスミナに命じる。今いる下男には外の仕事をあれこれ命じてあまり邸内に いないようにさせろ、とやり方を教える。 長居するとトアンが気分を害するだろうから、カスミンとの話をそこそこに切り上げてロ スミナはトアンのところに戻った。 するとトアンが尋ねた。 「伯父さんはここに泊まって喜んでるかな?」 「ええ、いつまでもいたい、ですって。」 「伯父さんはどこで働いているのかね?」 「今は働いていません。昔は農園の監督人をしてたんですよ。」 トアンはそれを聞いて黙った。そして伯父さんについての話をしなくなった。 時計が10時を告げた。トアンはロスミナを誘って寝室に入る。ベッドの上でロスミナは トアンにカスミンの希望を話した。トアンはほっとしたように、下男に雇ってよいと答え た。やせていて力仕事もできないようなカスミンをクーリー監督人にしてくれと頼まれる と困ると思っていたようだ。そのためにロスミナが下男に雇ってほしいと言ったのを即座 に了承した。そして月に10フローリンの給料を出そうと言った。ロスミナはトアンに抱 き着いて礼を言った。そしてふたりは新婚初夜の時を過ごした。[ 続く ]