「ストーム(2)」(2025年07月12日) 当時のインドネシアで坊主頭は少年の中にそうしている者がいたくらいで、青年期の男性 に坊主頭の者はいなかった。それはやはり西洋文化の影響と言えるだろう。そのため医科 大学の学生の中に日本人が行う野蛮な迫害行為という見解を持つ者も少なからずいた。最 後まで坊主頭にされるのを拒否した学生は退学処分にされたそうだから、意地の張り合い が展開されたと言えなくもない。 この儀式はたいそうインドネシア人の気に入ったようで、プルプロンチョアンはインドネ シアが完全独立したあとも連綿と続けられた。1960年にインドネシア大学に入ったド ロジャトゥン・クンチョロ・ヤクティ氏はそのときのプルプロンチョアンの思い出を次の ように語った。 この儀式を受けるプロンチョ学生はトンガリ帽子を被って自転車に乗り、ドロジャトゥン はMartabak Angusと大書した札を首から下げてキャンパスから走り出た。かれは色が黒か ったのでそんな揶揄言葉が使われた。アラブ・クリンなどという人種差別言葉を書いては いけないのだ。 プロンチョリーダーは新入学生に粥を食べさせる。粥には魚油がたっぷり混ぜられていて 生臭い。インドネシア人は生臭い臭いが大嫌いだ。しかし粥をすべて食べなければ関門を パスできない。ところが食べ終わったら今度は下剤を頭から浴びせられた。下剤の臭いも 生臭い。 新入学生の中に、水泳プールに着衣のまま投げ込まれた者も何人かいた。泳げない者がい るのを想定してプールには救援隊が陣取っているから、投げ込む方も気楽にそれができる。 他にも腕立て伏せを何十回もやらされた。 ブタウィ作家のフィルマン・ムンタコはガンバンジャカルテと題する著作にプロンチョの 物語を一編収めた。Koboi Cengeng(泣き虫カウボーイ)と綽名されたひとりのプロンチ ョがいる。 「しゃがめェェェェッ!」 とリーダーが叫ぶ。ハンカチで目隠ししたプロンチョたちが一斉にその場にしゃがむ。 「頭を下げろ。頭をサゲロォォォォッ!おい、おまえ。ちゃんとやれっ。」 耳の後ろでハサミのチョキチョキ音が鳴る。イガグリ頭作り大作戦だ。 「全部切り落とせよ。可哀そうなどと思うな。藪は残らず刈り払うんだ。」 波打つ髪、高く上げた髪、GIカット・・・そんな違いは全部なくなって、みんな一様に タロイモ頭になる。中にはトイレブラシみたいにされたやつも。 翌日、その頭で電車通りを掃き掃除するよう命じられた。しかしそんな中でも、愉しいで きごとが起こる。麗しいご令嬢が車で通りかかり、声をかけて来る。首から下げている大 きな名札を見て、プロンチョをからかおうとするのだ。 「はあ?泣き虫カウボーイ?あんたにぴったりの名前だわ。医者になりたいの?」 「はい、お嬢さん。」 「早く金持ちになるため?」 「いいえ、病人を助けたいのです。」 「ハハハハハ、あんたみたいな人が?・・・ねえ、あんたもう彼女はいるの?」 「いいえ、まだいません、お嬢さん。」 「はあ、はあ・・・時代遅れね。わたしはどう?」 「はい、喜んで、お嬢さん。」 「そうしたい?まず自動車を3台持ってからそう言いなさい。」 そして運転手に向かって 「さあ、車を出して。」 どこの誰とも知れないご令嬢は排気ガスを残して去って行った。[ 続く ]