「ストーム(3)」(2025年07月13日)

2007年4月、バンドゥンに近いスムダン県ジャティナゴルにある国立の行政幹部養成
学院IPDNで新入生の死亡事件が発生した。Institut Pemerintahan Dalam Negeriというの
がIPDNの正式名称だ。この学院は政府内務省が業務内教育機関として運営しているもので、
国内行政機構の幹部を育成することを目的にしている。軍隊の士官学校に似たようなもの
だろうか。

全国各州の高校卒業生の中で、公務員として行政機構の要職に就きたいと希望する青年が
推薦されてこの学院に入学してくる。言うなれば州庁が抱えている幹部候補生という構図
のようだ。2007年に北スラウェシ州から入った男子新入生のひとりが学寮で不可解な
死を遂げた。バンドゥンの病院に送り込まれたが、到着時にはすでに死亡していたと病院
側は表明している。死因は体内主要臓器の内出血だった。IPDNのプルプロンチョアンが社
会的な大問題になった。

マスメディアに叩かれ、何人もの州知事が今後は生徒を送らないとボイコット宣言を発し
たことから、この事件が閣僚会議の議題に載せられて、翌年度の入学を行わず抜本対策を
講じさせることが決まった。現職学長に停職処分が与えられたのに加えて、民間から警察
への告発もなされた。

IPDNの歴史を見ると、1993年以来27人の学生が暴力によると推測される原因で死亡
している。そこは札付きの暴力大学だったということのようだ。


IPDNは最初、1956年にマランで開校した。そして1970年までの間に20の州がこ
の学院を持つようになった。1989年にそれらが西ジャワ州ジャティナゴルに集められ
て今では1ヵ所だけになっている。IPDN卒業生には大統領から内国行政機構幹部候補生の
資格が与えられる。

全国20州のIPDNがジャティナゴルに集められるまで、IPDNで行われるプルプロンチョア
ンで学生の死亡事故は一件も起こっていなかった。そのころのプルプロンチョアンは軍隊
式訓練の趣が強かったらしく、指導官は訓練の一環として学生を殴ることも行っていたよ
うだが、一種の専門職だったことから指導官は人体のどこに衝撃を加えるとどうなるかと
いうことを熟知していたために死亡事故の発生がなかったのだろうという意見も語られて
いる。


インドネシアでもプルプロンチョアンは普通、高学年在学生がリーダーになって新入生を
しごく形が普通だ。IPDNのプルプロンチョアンがその一般的な形式に変化したとき、問題
の種が撒かれたのかもしれない。

その一般的な形式で行われているプルプロンチョアンが、ほとんど毎年全国でひとりの死
者を出しているという記事もネット内に見られる。社会の有識者は野蛮な内容のものを廃
止せよと呼びかけているにもかかわらず、インドネシアでこの活動はいまだに続けられて
おり、消滅して行く雰囲気が感じられない。

大学界は暴力的ニュアンスが染みついたプルプロンチョアンという言葉をOSPEKに替えて
みたが、若者たちが行っている内容がそれに影響を受けて変化したようには見えない。オ
スペッとはOrientasi Studi dan Pengenalan Kampusの頭字語で、学習とキャンパス紹介
オリエンテーションという意味だ。[ 続く ]