「デリのニャイ(30)」(2025年07月20日) ホアブウィはそのまましばらく黙っていたが、ついと立ってクウィホアの部屋から出て行 った。長い間憎しみを抱いていた敵に勝ったとクウィホアは思った。自分の座を奪った敵 の精神をズタズタにしてやった勝利の快感を、クウィホアはさも愛おしいもののように抱 きしめた。 自分が憎悪する人間が破滅していく姿を眺める快感は、人間にとって神の高みにのぼるこ とが不可能事であることを証明する実例のひとつなのである。神の実在不在を根拠にして 神が命じる善に絶対性の議論を吹きかけることをするような拙さよりも、人間の本質を見 極めることで絶対善の実在不在を問うことの方がはるかに理知的な精神活動になるのでは あるまいか。 ホアブウィの心中にはこんな言葉がささやかれていた。 『わたしの生命もここまでだった。わたしの生涯はそんなにひどいものじゃなかった。母 親に命じられてあんな生き方をしてたけど、母親はそれを喜び、わたしを愛してくれた。 そしていま、わたしは華人の家の女主人として生涯を閉じるのよ。わたしは誇りと誉れの 中で一生を終えるんだ。』 ホアブウィは自分の部屋に戻るとドアの鍵を閉め、タンスから絹の帯を出してベッドの蚊 帳を吊ってある木枠にかけ、きつく縛った。そして着ていた服を下着まで新しいものに着 替えると髪に櫛を通して、見苦しくない姿に整えた。 ああ、なんということでしょう。わたしは今から死ぬんだ。死はこの一度きり。わたしは 何も悪いことをしていないというのに、自分の誇りと誉れのために他人のせいで死ななき ゃならない。そう独り言をつぶやきながら、結んだ帯の真下に枕と抱き枕を積み上げた。 『死ぬのは怖い。でもこの一度きりなんだ。わたしは死ぬのよ。生きながらえて恥を世間 にさらすのはみっともない。誇りと誉れがわたしを飾ってくれる。死ぬのよ。』 ホアブウィは積んだ枕の山に上ると垂れ下がっている帯の端を自分の首に巻き付けた上で 両端をきつく縛った。そして今の自分の行為をやめようとする心を抑えつけ、勇気を奮い 立たせて枕の山を蹴り飛ばした。およそ5分くらいの間にホアブウィの身体は痙攣しなく なった。 隣りの部屋にいるクウィホアの耳にはホアブウィの部屋から聞こえてくる物音が筒抜けだ ったにもかかわらず、まるでそれが当たり前のできごとであるかのようにクウィホアは何 の反応も示さなかった。 監督人頭は翌朝まで客間の縁台で眠り、朝になったのでホアブウィの部屋に行った。ホア ブウィの部屋という言い方をしているが、その部屋は監督人頭とホアブウィが夫婦生活を する寝室のことであり、つまりは監督人頭の部屋でもある。 ドアは中から鍵がかけられている。そしていくらノックしてもだれも鍵を開けようとしな い。監督人頭は下男を呼んでドアを押し開けさせた。そしてベッドの枠にホアブウィの死 体がぶら下がっているのを見て驚いた。その死を嘆くような気持ちはかれに起こらなかっ たようだ。厄介なことをしてくれたという気持ちのほうが強かった。 警察を呼びに下男を走らせ、警察が現場検証を行ったあと、死体がベッドに降ろされた。 大勢の人間がこの事件を見るためにその家にやってきて、ベッドに降ろされた死体を眺め た。警察が関わる事件になっているため、家の表に鍵をかけて公務で出入りする人間だけ を中に入れるような面倒な真似はまずできないから、野次馬もどんどん家の中に入って来 る。話のタネに死体を見るのが野次馬たちの興味の焦点だから、それは防ぎようがない。 [ 続く ]