「トランスミグラシ(1)」(2025年07月21日) sabrangというジャワ語は道路や川や海の向こう側を意味している。海に囲まれたジャワ 島の向こうにあるスマトラやカリマンタンあるいはマラヤ半島やオーストラリアがtanah sabrangに該当する。海外という日本語に該当させると、意味とニュアンスがかなりかけ 離れてしまうだろう。 スンダ語にもジャワ語と同じ意味で使われる同じ言葉がある。しかしその語から受ける印 象が類似なのかどうかについては、わたしにはよくわからない。スンダ人はタナサブラン という言い方よりもpasabranganという形に変形して使うほうがお好みのようだ。タナサ ブランとまったく同じ意味で使われている。 第二代スルタン ドゥマッのパティ ウヌスがSabrang Lorの異名を取ったのは、かれがま だ皇太子のとき、マラカを占領したポルトガル人をせん滅するために大軍船隊を率いてマ ラカへ進撃したことに由来している。マラカはドゥマッの北方に位置するサブランの地だ。 ジャワ語ロルは北を指している。 オランダ東インド政庁が1905年に開始したジャワ人移住政策のキャンペーンに使われ たことから、そのサブランという語が大流行した。ジャワ農民の外島移住を振興させるた めにAjo, ke tanah sabrang(さあ、タナサブランへ)などといったキャッチフレーズが ポスターの中に躍り、1938年にはTanah Sabrangと題する映画まで作られた。制作者 はオランダの映画人Mannus Frankenで、俳優がワヤン劇のプナカワンに扮して登場し、ジ ャワ語のセリフをしゃべった。 移住政策の対象者はジャワ島に土地を持っていない小作農民であり、人口密度の低いスマ トラやスラウェシなどでいまだ手つかずになっている広大な土地を移住者に分配し、そこ で農業生産を行わせるという農業開発政策がその方針の核心部分だった。 東インド政庁は最初、東インド原住民をその土地に縛り付けて移住を制限する方針を実施 していたにもかかわらず、ジャワ島外の諸地域で土地の開発が進まない一方、ジャワ島内 は土地を持たない農民があふれ、おまけに飢饉や疫病の蔓延が起きれば大量の死者が出る という状況を改善するためにはジャワの貧困農民をジャワ島外に移住させて農業を営ませ ることが東インド全体を底上げすることになるという結論に達したのだろう。オランダ人 はその移住政策を呼ぶのに入植という概念を用いた。 入植という言葉は元々、開拓という人間の行為を下支えする部分を表現する概念を示すも のだったと思われる。天然自然のままに地上を埋めていた森林原野を開拓するために、同 じ目的を抱く人間集団がその土地に入って共同で暮らすための居住地区を設けることが入 植の原義だったのではないだろうか。 開拓者集団が作った居住地区をヨーロッパ人はコロニーと呼んだ。だからオランダ人はジ ャワ人移住政策を開拓者コロニー作りという意味でkolonisatieと命名した。 だが現代の語法でコロニサシは植民地化の意味が第一義として使われている。現代語法の 植民地の語義が元々の「入植した土地」から「原住民を征服して支配下に置いた土地」へ と意味が変化したのだから、コロニサシは誤解を招く表現になった。もちろんオランダ人 はそれにも配慮して、landbouwkolonisatie(農業コロニサシ)という言い換えも用意し ている。[ 続く ]