「デリのニャイ(34)」(2025年07月24日) ジャワ人クーリーは二つ返事で承諾した。こうやって目をかけてもらい、管理人助手の個 人的な手助けをたくさん行えば、そのうちにクーリー頭にしてくれるだろう。 「夕方、今日の仕事が終わったら、家に来てくれ。」 そう言ってトアンは昼食のために家に戻った。 食事するとまた農園の監督に回り、夕方帰宅した。帰宅すると、家の中におかしな点がな いかどうかをトアンは見て回った。家の中は片付いており、ニャイは夕食の支度、カスミ ンは庭で掃き掃除していて、変わったところは何も見当たらない。しかし、それで気が晴 れるというものでもなかった。憂鬱で不機嫌な気持ちを追い払う爽風は吹いてこない。か れは着替えしないで寝椅子に座った。 仕事着のまま寝椅子に座っているトアンに気付いたロスミナが可愛い笑顔を浮かべて言う。 「お疲れのようね、トアン。着替えをなさったら?」 「これからまた出かけるんだ。逃げたクーリーを探して捕まえてこい、とボスに命じられ たから、行かなきゃならない。」 トアンはロスミナに嘘をついた。朝食らった農園管理人からのお目玉はそんなことがらで はなかったのだ。そうこうしているうちにジャワ人クーリーがやってきたから、トアンは 立ち上がった。逃げたクーリーの隠れ場所をドゥクンに教えてもらうためにトゥビンの町 へ行くとニャイに告げた。 「お戻りはいつ、トアン?」 「夜のうちには戻れない。明朝になるだろう。」 美しく可憐な姿で可愛く振舞うロスミナが自分を裏切っているのではないかという疑惑が トアンの心に湧いた。自分の今の精神状態がすぐれないのはきっとそのせいだろう。しか し証拠は何もないのだ。単なる思い過ごしだろうか? 一般論を言うなら、それがデリのニャイの普通の姿であることを山のような噂話が示して いるというのに、このトアンはロスミナに違うことを望んでいたようだ。それが結局は命 取りになってしまうかもしれないというのに。 「いってらっしゃい、トアン。道中で悪者に襲われたりしないように。」 「分かっている。」 トアンはそう言って帽子と杖を持ち、ピストルをポケットに忍び込ませた。そして家の表 で待っているクーリーを誘って農園のゲートに向かった。 街道近くの山中に住んでいる人間がいつ賊になるかわからないような時代だ。人里離れた 場所を通る者は護身用に武器を持つのが当たり前だった。そんな話が拙著「黄家の人々」 や「クンタオ(拳道)」の中に出てくる。トアンに同行するジャワ人クーリーだって鋭利 な鉈を腰に差しているのだ。 「サドがいなかったんですか?わしがサドを探しに行けばよかったのに。」 「いや、わたしは歩きたいんだ。夕方にゆっくり歩くと身体がリフレッシュする。そして 気分も良くなる。」 町への街道に出ると、プリブミの家があちこちに建っている。一軒の家の表でプリブミの 夫婦が食事をしているのを眺めながら、トアンは言った。 「見てごらん、あの小屋に住んでいる夫婦のように妻を持ってふたりで心を合わせて生活 を営んでいるプリブミはきっとしあわせだろう。わたしもあのプリブミのようになりたい ものだ。」 クーリーは訝し気に反論した。[ 続く ]