「トランスミグラシ(8)」(2025年07月28日) オランダ時代のコロニサシで、東ジャワのガンジュッからアチェ州のアチェタミアン県カ ランバル郡に移住した両親と共に、まだ小さかったストリスノもアチェで暮らすようにな った。ムダガラ村で親から受け継いだ水田を耕作しているストリスノの農夫暮らしも先行 きが暗さを増している。2008年3月のコンパス紙記事は、スマトラで水田耕作の将来 性が危ぶまれている様子を報道していた。 アチェタミアン県はアチェ州内の米どころとして有名だ。その日、ストリスノは刈り取っ たばかりの稲の束を入れた大袋を一カ所に集めていた。大袋をひとつずつ、かれはゆっく りと引きずって歩く。その表情は暗く、動作もあまり元気が見られない。 「この収穫は少なかった。雨が足りないんだ。」かれは記者に言う。 かれの持っている2区画の水田からはこれまで収穫のたびに35缶の米が得られていた。 1缶はおよそ12キロ。しかし今回は25缶しか穫れない。その年は1月のはじめからも う雨が降らなくなったため稲が成長しきらず、コメの量が不十分になったのだ。稲の茎が 黄色にならないで茶色になっている。 アチェに入植したころ、かれの一家の食糧はその水田から十分に賄うことができた。その 状態は数年ほど前まで続いていた。収穫は誰にも売らず、全量を自宅で貯蔵し、次の収穫 までそれで食いつなぐという方式がこれまで余裕を伴って行われていた。ところが数年前 からその状態が不安定になってきたのだ。 妻と3人の子共の5人家族が十分食べていけたというのに、中学を終えた長男が自動車修 理工房で働くようになったにもかかわらず、一家の食糧は足りなくなった。足りなくなれ ば、買わざるを得ない。現金収入が必要になる。 実際に、子供たちの教育費を賄うためにストリスノは2000年からオートバイベチャの 運転手を始めていた。収入は平均して一日3万ルピア程度。子供たちが通学のために使う バス代は一日1万ルピア。オートバイのガソリン代と子供たちの小遣いやら何やらで支出 される金額は2万ルピアでは追いつかない。 今回の収穫では、次の収穫期まで食いつなぐことができない。どんな対応を考えているの かと記者が尋ねると、ストリスノは考えあぐねた顔を示して見せるだけだった。生活のた めの現金収入の必要性がますます高まる中で、下のふたりの子供たちが中学を終えたらど うするのかということも、かれの頭を悩ませている重大な問題になっていた。 同じアチェタミアン県の別の村ルボップンティの住民ヌルハヤティさんも、ストリスノと 同じような状況に陥っていた。かの女の持っている7ランテの水田(1ランテはほぼ4百 平米)からは一回の収穫でおよそ百缶の稲が得られた。ところが今回は70缶しか得られ ない。水不足が原因だとかの女も同じように言う。 ルボップンティ村の水田地区にある用水路はカラカラに涸れていて、一滴の水もない。グ ローバル気象変動によって各地の年間雨量が大幅に変化し、それが悪影響をもたらした水 田地区の農民たちは今や家業の維持に関わる事態に直面しているのだ。 ヌルハヤティも収穫したコメを全量自宅に貯蔵して、次の収穫期までそれを消費してきた。 ヌルハヤティはそれ以外に野菜や他の穀物も栽培している。「次の収穫期より前に米の貯 蔵が底を衝いたら、その時にどうするかを考えるわ。」と、かの女は思い悩まない姿勢を 見せている。[ 続く ]