「デリのニャイ(38)」(2025年07月28日)

ドゥクンは屋内に入ると燃えている香炉と香を持って出てきた。小声で「ビスミラ、ビス
ミラ・・・」と繰り返し、そのうちに無言になったが口は動き続けている。祈祷の言葉を
唱えているのだろう。そしてトアンの年齢と名前を尋ねた。
「わたしの年齢は27歳で、名前はジョンと言う。」
ドゥクンは石板に何かを書き、暗算し始めた。

「トアンの気持ちが暗くなったのはいつごろから?」
「この前の休みにわたしのニャイがシアンタルへ買い物に行って戻って来てから、間もな
く始まった。宝飾品を買うのに3百ルピア持たせたにもかかわらず、その金額では買い切
れないくらいの品物を持ち帰った。」
「トアン、あなたの今年の運勢はあまり良くない。金銭面は問題ないのだが、人間関係で
いろいろと気苦労が起こる。トアンの心がネガティブなことをいろいろと考えるために気
分が憂鬱に傾く。これは魔がそうさせていることです。魔を追い払うためにスドゥカを行
いましょう。それをしなければトアンの気持ちがカラッと晴れることがない。」
「スドゥカの費用はどのくらいかかりますか?」
「大がかりなことをしなければ10ルピアで足ります。」
「じゃあ、それをお願いします。パッ ドゥクン、わたしにはどうしても知りたいことが
ある。わたしのニャイの心の中を教えてほしい。」

ドゥクンはその質問に往生した。デリのニャイの心がどのようなものであるのかは、既に
世間の常識になっているではないか。誰もがそれを承知の上でニャイと付き合っていると
いうのに、このトアンの心はまるで少年みたいだ。そんな心を持つおとなはこのデリで困
った御仁ということになる、とドゥクンは思った。しかしそんな思いはおくびにも出さず、
まじめな顔をしてまた祈祷の文句を口の中で唱え始めた。そしてちょっと間を置いてから
口を開いた。

「トアンのニャイは素晴らしい女でしょう。そしてまだ年も若い。しかしトアンはニャイ
を盲目的に信じてはいけない。占いには、トアンのニャイに思いを寄せている男がいると
出ている。祈りの込められた聖水をトアンに差し上げましょう。これをニャイに飲ませれ
ば、ニャイはトアンだけを愛するようになり、他の男には目もくれません。」
「ああ、それがいい。でもわたしにはまだ3百フローリンの金と買ってきた宝飾品の不釣
り合いが気になっている。ニャイに言い寄っている男が金を与えたんだろうか?」

『そうに決まっているじゃないか。』という言葉をドゥクンは腹の中に飲みこんで、あた
りさわりのないことを言うことにした。このトアンとニャイがそのことで喧嘩をすれば、
喧嘩の原因を作った占い師の言葉が責任を問われることになるだろう。ニャイがここに乗
り込んできて、証拠もないのに出まかせを言ったと非難し悪態をついて騒ぎを起こしたな
ら、自分の商売についての世間の評判がおかしくなる恐れが高いのだ。

ちょっとの間、ドゥクンは目をつぶり、また目を開いてから言った。
「それは店側が計算を間違えたんですよ。たくさんの品物を買ったから総額を計算する中
で、どうしたはずみか計算間違いが起こり、トアンのニャイは3百ルピアを払ってそれを
持ち帰ったということです。」
「そうですか。わたしのニャイを手に入れたい男が金をやったのかと思っていた。」

トアンはスドゥカの費用として10ルピア、そして占いの報酬として1ルピアをドゥクン
に渡した。[ 続く ]