「デリのニャイ(39)」(2025年07月29日)

トアンとジャワ人クーリーはドゥクンの家を辞してニッポンホテルに戻る道を歩き始めた。
「夕食をニッポンホテルで食べよう。わたしはホテルで待っているから、あんたは中華食
堂へ行ってビフテキとナシゴレンをわたしのために買ってきてくれ。2ルピア渡すから、
余ったお金であんたの好きなものを買えばいい。」
ふたりはそこで別れた。

トアンは急ぎ足でニッポンホテルへ戻った。1日と15日の農園休業日ではないのだから、
ホテルは閑散としている。表のロビーでふたりの男が飲んでいるだけ。そしてロビーの薄
暗い場所にミンがひとりで座っていた。ロスミナのトアンが戻って来たのを見て、ミンの
顔色が明るくなった。
「どこへ行って来たの?あたし、トアンは今夜戻って来ないんじゃないかと思ってたの。
もしもそうだったら、明日トアンに会ったときに服をベリベリに引き裂いてやろうと考え
てた。そうすればこの気持ちがやっと晴れる。」
「わあ、あんたは大はしゃぎだなあ。まるで雌のトラだ。」
「トアン、夕食は?」
「まだだ。夕食を買いにやらせたから、そのうちにここへ持ってくる。ミンはもう食べた
の?」
「いいえ、まだ。サテ屋が来るのを待ってるの。」
「サテ屋はどこにいる?わたしもサテを食べたくなった。でも牛肉でなきゃだめだ。水牛
肉はダメなんだよ。」
「水牛肉だっていいでしょう、どうして?あたしはローカル産の水牛肉を普段から食べて
るし、トアンはローカル産のあたしを好きなんだから、あたしの食べる物も好きになるん
じゃないの?」
「そういうことじゃなくて、水牛肉は牛肉のように柔らかくないし、鳥のような臭いがす
るから、わたしは食べられないんだ。」
「あら、そう?ヨーロッパの女は肌が白くて柔らかい。ところがジャワの女は肌ががさつ
で色が黒い。それでもトアンはジャワの女を探しに行く。」
「ミンの口にかかっちゃあ、兜を脱ぐしかないね。」

トアンがホテルのボーイにサテ屋を呼んでくるように言った。サテ屋がやってきてサテを
焼く準備を整えたのと、ジャワ人クーリーが料理を持ち帰って来たのがほとんど同時だっ
た。ミンがサテ屋に20串注文する。サテ屋が尋ねる。
「全部肉かね、ニャイ?」
「臓物を5串混ぜて。生焼きはダメ。しっかり焼いてよ。」
とミンが言う。

「サテ屋さん、あんた白飯はあるかね?」
とトアンが尋ねた。
「クトゥパッならあります、トアン。」
というサテ屋の返事を聞いて、トアンがミンに言った。
「わたしはナシゴレンしか買ってこなかったから足りない。白飯が必要だよ。」
「うん、そりゃ大丈夫よ。ジャッファン屋がもうすぐここを通るはず。」
「ジャッファン屋って何?はじめて聞く。」
「鶏やアヒルや豚肉を白飯と一緒に売り歩いてる華人よ。白飯は温かいの。」
「ええっ、あんたは豚を食べるのか!だれがあんたに豚食を教えたのかね?」

トアンがさも面白そうに笑ったから、ミンも笑いながら物語った。
「何も変なことはないわ。さっきも言ったでしょ。その人を好きになれば、その人の食べ
物も食べるようになるって。あたしも豚なんか食べたことなかったわ。でもあるとき、あ
たしには死ぬほど好きなババができた。トアンがあたしに向かって言うような口先だけの
愛じゃなくて、ホンモノの愛よ。あるとき、あの人が何も言わないであたしにそれを食べ
させた。あたしが食べたあとでそれが何であるかを言ったの。世の中には意地悪な人間が
いっぱいだわ。

もしあたしがトアンのニャイになったら、何も言わないで水牛肉を食べさせ、チェボッの
水を飲ませてあげる。完全にあたしひとりのものになるように。」
[ 続く ]