「デリのニャイ(42)」(2025年08月01日)

監督人頭が目を覚まし、ロスミナに小声でささやいた。
「誰が来たんだね?」
ロスミナは目を覚まして震え上がった。
「あらあ、トアンが帰って来たんだ。」

監督人頭も震え上がった。
「逃げ道はどこだ?」
「窓から逃げて!」
監督人頭が窓を開けようとしたとき、窓の下で人間の動く気配がしたから、かれは引き下
がった。
ドアを叩き続けていたトアンはついに怒鳴った。
「早く扉を開けろ、この売女め。お前の間男の顔をおとなしく見せろ。他人の留守中に他
人のベッドと女を盗む泥棒の顔を。」
と言ってドアを蹴る。

ハンガーにかかっている上衣からブローニングを取り出した監督人頭は、ちょっと脅かし
てやれというつもりで引き金を引いた。ところが弾丸はトアンのみぞおちを突き破ったの
だ。
「ああ、神よ。」
と言いながら薄れる意識のままトアンも扉越しに引き金を引いた。
神が弾丸を導いたのだろうか。トアンのピストルから発射された弾丸は監督人頭の額を貫
いたのである。監督人頭は即死した。
扉越しの相討ちを間近に体験したロスミナは全身冷や汗でぐしょ濡れになっていた。次の
弾丸が自分に向かって飛んでくるかもしれないと思って、生きた心地がしなかった。トア
ンが落命したことはロスミナに見えていないのだから。

部屋で眠っていたカスミンは銃声で目を覚ました。そして用心深い足取りでロスミナと監
督人頭が入っているトアンの寝室にやってきた。寝室の扉の前に倒れているトアンが死ん
でいることを確かめると、カスミンはロスミナに声をかけた。カスミンの声を聞いたロス
ミナがやっと我に返り、扉を開いた。
カスミンは倒れている監督人頭を調べ、死んでいることを確認すると監督人頭の家へ向か
った。監督人頭の全財産を盗むチャンスがやって来たのだ。

カスミンは監督人頭の家の玄関ドアを強く叩いた。中からクウィホアが尋ねた。
「誰?」
「奥さん、早くドアを開けてくれ。老頭家が管理人助手の家で死んだ。小ボスに撃たれた
んだ。」
「小ボスがなんであたしの夫を撃ったの?」
「奥さん、早く行って見てやりなさい。急げば命がまだ助かるかもしれない。」
カスミンの言うがままに、クウィホアは管理人助手の家に向かってそのまま自分の家から
小走りに出て行った。家の中で寝ているチューケンの耳にもそのやり取りが聞こえたが、
チューケンは動かなかった。

クウィホアが視界から消えるのを待って、カスミンはひそかにその家の中に入り、監督人
頭の部屋にある金庫を見つけた。その鍵を部屋中探しまわったが見つからない。クッショ
ンの下にあるかもしれないと考えてイスのクッションやベッドの中を手探りしはじめたか
ら、音が出る。
カスミンが父親の部屋に入って何をしているのかが今やチューケンには明白に判った。チ
ューケンのカスミンに対する憎しみが殺意に変わった。自分をコケにしてただ利用してい
るだけのカスミンを泥棒として射殺してやる。

ピストルを手にして、チューケンは父親の部屋に忍び入った。薄暗闇の中で金庫の鍵を探
し回っているカスミンはそれに気付かなかった。いきなり
「泥棒!泥棒!」
と叫ぶ声が室内で上がり、驚いて一瞬凍り付いたカスミンの身体に銃弾が数発撃ちこまれ
た。[ 続く ]