「デリのニャイ(44)」(2025年08月03日)

タクシーがやってきた。チューケンはまずペナンへ移動しようと考え、タンジュンバライ
よりもブラワンへ行くほうが船の便が豊富であることを思い出し、タンジュンバライへ行
く考えを捨てた。タクシーに荷物が積み込まれている間、ロスミナは自分が逃亡者になる
運命を儚んで気分が落ち込んだから、その哀しみがかの女の全身を固まらせた。ロスミナ
は椅子に座ってぼんやりしているばかり。

さあ、早く出発しようとチューケンが言っても、ロスミナは動こうとしない。仕方なくチ
ューケンがロスミナの手を引いて車に乗せた。クウィホアは物陰に隠れてふたりの様子を
覗き見している。

タクシーに乗り込むとチューケンは運転手に言った。
「メダンへ行ってくれ。街道を通らないで、寂しい裏道を通ってくれよ。お礼に10ルピ
アを追加するから。」

タクシーが出発すると、クウィホアはさっそく警察に電話した。容疑者が逃亡を企ててい
る。警察はただちに要所に手配をかけた。トゥビンティンギからメダンに向かって男女各
一名の容疑者がタクシーで逃亡した。男は殺人容疑者だ。逮捕せよ。


また話が一日逆戻りする。黄金郷メダンの話に釣られてバタヴィアから三人の華人青年が
何年も前に出稼ぎにやってきた。三人にとって、「仕事が得られる、金が稼げる」という
言葉は嘘でなかったものの、『普通の仕事で稼いだ金はほぼすべて生活費に消えていく』
という語られていない言葉に騙されたのである。ジャワに比べてメダンの物価が滅茶高か
ったのだ。

今から数十年前にはメダンの代わりに日本がまったく同一の話の看板になっていた。そし
てそのメダンで失望した青年たちと似たような思いをしたインドネシア人青年が日本でた
くさん出たそうだ。

三人はメダンですぐに仕事を得たものの、月給40フローリンと聞いていい暮らしができ
ると思ったのもつかの間、バタヴィアでの普通の暮らしすらできないメダンの物価高に窮
してしまった。三人はメダンブランエステートから近い貧困地区の鶏小屋のような借家に
住んだ。

そして結局バタヴィアで暮らすほうがまだマシだという結論に至った。大金を稼いで故郷
に錦を飾りたいから、かれらは親兄弟と離れて暮らすのを厭わないのだ。もしも故郷に錦
を飾る可能性がゼロであるなら、かれらはいったい何のために親兄弟と離れて暮らす必要
があるのかというロジックで生きている。

ところが三人の中の兄貴分であるテッがバタヴィア行きの船に乗る前に運勢を賭けようと
言い出した。トアペコンストラートの道路脇には道端賭博場が開かれ、大勢の人間がそこ
で運を賭けて泣いたり笑ったりしている。テッは5フローリン札を一枚出し、これで開運
すればもうちょっとメダンでやって見てもいいよな、と自分の意見を述べた。

三人は道端賭博場のひとつに加わり、賭博台の目のひとつに5フローリン札を置いた。胴
元がサイを振り、そしてその目が当たったのだ。仲間のヨンとヒンもツイているテッに従
った。テッが置く目にふたりも自分の金をなにがしか置く。そしてほとんどの目が当たっ
た。最初の5フローリンが百数十フローリンになったので、テッは張るのをやめた。
「欲ばりゃパーになる。この辺りが退け時だ。」

賭博のあぶく銭であるとはいえ、三人は俄かお大尽になった。
「これで明日パッと遊んで、明後日から出直しだ。女の子を誘いに行こう。」
[ 続く ]