「キョーイクママ(前)」(2025年08月10日)

ライター: 元教育文化大臣、ダウッ・ユスフ
ソース: 2007年7月7日付けコンパス紙 "Kyoiku Mama" 

20世紀後半に日本を経済ジャイアントに押し上げた数ある要因の中に、ステレオタイプ
なサラリーマンの勤労倫理がある。ダークブルーのスーツを着た普通の庶民であるかれら
が現代史における大サクセス経済の原動力のひとつになった。トニー・ディッケンシーツ
が日本を訪れてそれを目撃する前から既に語り草になっていた話がこれだ。トニーは米国
バージニア州シャーロッツビルに住む教育者だ。

< 母親の役割 >
トニーは1996年の数カ月間、日本で暮らす機会を得た。その間、かれはいくつかの日
本人サラリーマン家庭を転々とした。そして自分の目撃した体験からひとつの結論を引き
出した。この奇跡の経済発展を実現させた桜の国で、その鍵を握っていた教育ママの役割
が無視、あるいは少なくとも軽視されるようになっていることを。

言い換えるなら、1960年代以来の比類なき経済成長は政府が一日16時間労働を勤労
者に命じて達成したものではなかったのだ。夫たちが働いている間、妻は子供を教育する
責任を担った。主婦たちはそれぞれの能力に従って、次世代を優れた学校へ入れることを
自分の人生の務めにした。

だから世界が賞賛する勤労倫理を持った日本人勤労者たちのバックボーンは教育ママと呼
ばれた女性たちに支えられていたのである。かの女たちが日本人サラリーマンに勤労意欲
の精神を注入した。第二次世界大戦後の素晴らしい国家と民族の経済復興の一翼はかの女
たちが担ったのだ。日本の女性たちの努力と周辺環境への働きかけは国民教育の進展と社
会的安定に反映されている。ある国家が経済サクセスを達成するために不可欠な要素がそ
のふたつなのである。

つまり日本では、国家経済の復興にきわめて重要な教育分野と社会分野の基盤を維持し発
展させるというポジティブな役割を女性が担ったのである。教育文化大臣を務めていた時
期にわたしは、日本のさまざまな初等中等高等教育機関を見学する機会を得た。そのとき
わたしは、きれいに掃除され整頓されている普通科学校の実験室、技術科学校の工作室を
目にして感嘆した。

全生徒は教室に入る前に履物を脱いで扉の近くに備えられた棚にある上履きに履き替える。
だから教室の床は寝室のようにきれいなままだ。わたしはそこで教えている教師に質問を
発した。「生徒たちにどのような方法で規律を教えていますか?」かれは答えた。
「サー、そのことに関して、わたしはほとんど何も行っていません。生徒の母親が子供た
ちをそうするように教えているのです。」

わたしは日本の伝統家屋での習慣を思い出した。家に上がるとき、外の埃が屋内に入らな
いよう、ひとびとは外の履物を脱いで上がるので、床の掃除はあまり必要がないというこ
とを。日本人にとって清潔さはひとつの美徳なのである。

わたしは書店で、ひとりの母親が小学生の子供に買い与える書物を選んでいる場面に遭遇
した。わたしが声をかけると、その母親はわたしが外国人であることを知って緊張し、恥
ずかし気に微笑んだ。そして子供の傍に寄って何かを言いながら、その子をお辞儀させる
ために頭を何度も押さえた。あらゆる日本人が行う、敬意を示す動作だ。そしてその子は
母親の言葉を真似て口に出した。誰が教えたのだろうか、わたしが外国の教育文化大臣で
あることを知ったその書店にいる子供たちがわたしの前に並び、わたしにお辞儀してから
買ったばかりの書物をわたしに差し出してそこにサインするよう求めた。[ 続く ]