「バタッ式中華式子供教育(前)」(2025年08月12日) 学校と仕事の両立。ヤン S アリトナンはまだ幼いころからそれを行ってきた。小学校4 年生になったかれは学校へ通いながら金稼ぎを始めた。かれはしばしば、北スマトラ州タ ンジュンモラワの祖父の家の表で祖父の畑から穫った作物を販売した。祖父が毎週一回午 前3時に市場へ収穫を持って行くとき、かれも一緒に行った。中学生のとき、アリトナン は掃き掃除の仕事を請け負ったことがある。路上物売り、乗合バスの車掌、ベチャ引きな ども経験した。しかしそのために学校へ行かないということにはならなかった。 「早朝のまだ暗いうちに市場へ行かなければならなくなっても、7時には学校へ行けるよ うに何が何でも素早く片付けて家へ帰った。幼いころから自分で稼いで食べていけるよう に親の手から離れたけれど、学校へだけは必ず行くことになっていた。それはわたしだけ がそうだったのでなく、バタッの子供たちはみんなそうだったのだ。」ジャカルタの神学 専科学院修士コースのまとめ役を務めているアリトナンはそう語った。 アリトナンは3人兄弟の真ん中だ。母は農婦、父は軍隊に入ったあと退役して情報省の職 員になり、最終的に自営業を始めた。父は子供を厳しく教育した。学校の通信簿に赤点が あると、食事抜きや鞭打ちの罰を与えられた。反対にいい成績を取るとご褒美に新しい服 を買ってくれたり、ニワトリを一羽屠ったり、行楽に連れて行ってくれたりした。 バタッ族は子供の教育に大きい価値を置いているヌサンタラの種族のひとつだ。バタッ人 にとって子供はもっとも価値ある財産であり、親にとっての誇りであり宝物である。その 観念がバタッ人に子供の教育を重視させ、子供に最高の教育を与える努力を払わせるので ある。都市に住んでいようとカンプンに住んでいようと、バタッ人ならば持っている経済 能力を子供の教育のために総動員するはずだとアリトナンは述べている。 < 家庭教育 > バタッ人も学校が与える教育と家族の中で行われる教育のバランスをとることに努める。 家庭で行われる教育がハードワーク・粘り強さ・柔軟性などを子供の身に付けさせるのだ。 アリトナンの家で行われた子供の教育がかれにそれらの資質を育んだ。 自分の3人の子供の教育に困難を感じたことがないとアリトナンは語る。子供たちがまだ 小さいとき、子供たちに勉強しろと命じたり、子供の勉強に付き添うような必要性がなか った。子供たちが勉強する中で困難に直面した場合にその手助けをするくらいだった。子 供が悪い成績をとったとき、その子にシステマチックなポイントを教えて指導した。 「子供の勉強をそばに付いて見ていないからと言って、子供の教育への関心がないことに ならない。その意識はあふれるほど持っていた。」アリトナンはそう言う。かれの教育哲 学の中に、子供の教育に関連して行われる体罰はない。また子供に対して、将来何に成れ というような強制もしていない。子供に必要なのはケアなのであり、厳しいコントロール でもなければ強制でもない。 アリトナンの教育方針は功を奏して、3人の子供たちは国内最高の国立大学に入った。末 っ子はいまバンドゥン工大に在学中だ。その上の子は23歳で修士課程を終えた。評価ポ イントは3.92だった。 < ただで手に入る物はない > 華人家庭の伝統に倣って、メダンの華人社会有力者であるソフィアン・タンも子供たち、 特に第一子を厳しく教育した。子供たちに目標を掲げさせ、目標を実現した子にほうびを 与えた。ソフィアンは子供に与える小遣いを、子供が何もしないのにただ与えるようなこ とをしなかった。テストの結果が良かった時、子供は5千ルピアの小遣いをもらえた。科 学と数学の成績が良ければ、小遣いは2万ルピアもらえた。子供が携帯電話やプレステを 欲しがったときも同じだった。クラスでトップのランキングを獲得することで、それらの 品物が子供の手に入った。 「何かを得るためには努力と闘いがなければならないというモチベーションを持たせるた めだ。この世での生活に無料のものなどないのだから。」それがソフィアンの子供教育の やり方だ。[ 続く ]