「印尼華人差別(1)」(2025年08月12日) インドネシアは反中華国家だった。正確な表現をするなら、アンチ中華人民共和国の国だ った。G30S事件のあと、1967年10月30日にインドネシア共和国は中華人民共 和国と国交を断絶した。中華人民共和国に支援されたPKI(インドネシア共産党)によ る国家転覆行動がG30S事件であるというのがその理由だ。 そして1990年8月7日まで断絶関係が続き、その年の8月8日に両国の間で国交が再 開されている。G30S事件を収拾したスハルト少将が1968年3月27日に第2代目 の大統領に就任してオルバレジームが開始され、それ以来30年あまりの期間、インドネ シアはアンチ中華の国になっていた。国家政府が国民のアンチ中華を管理統制したのであ る。 1930年にオランダ東インド政庁が行ったセンサスで、オランダ領東インド在住華人人 口は123万人と報告された。総人口6,070万人中の2%だ。1961年の推測数値 として250万人(2.5%)という数がイ_ア語ネット内に見つかるのとは別に、19 60年代のインドネシア共和国在住華人人口は731万人という数字を米国オハイオ大学 図書館データが示している。 ところが1971年のインドネシア国勢調査で自分は中華系だと申告した人数はわずか1 20万人のみであり、総人口の2.03%になっていた。これは言うまでもなく、G30 S事件がもたらした恐怖心理のために不正直な申告が行われた結果だろうことが十分推察 できる。 2010年インドネシア国民センサスで自分が華人系だと申告した人数は283万人で総 人口中の1.2%だった。現代インドネシアの国民センサスにおける種族別人口統計は自 分の文化アイデンティティを人種や種族名で申告させる内容になっており、その総合計は 国民総人口と一致する。混血者の種族民族を他人が決めるのでなく、本人の自覚と意志が 決めているのだ。 権威ある専門家がインドネシアの華人人口を7〜8百万人と決めたところで、その半分以 下しか自分のアイデンティティを中華文化に置いていないということがそこから見えて来 るではないか。 インドネシアの華人系国民というもののほとんどがプリブミインドネシア国民との混血者 であり、その中にはオランダ・ポルトガル・インド・アラブなどの非プリブミ民族の血統 も何十世代にもわたる家系のどこかで混じりこんでいる可能性を持つ子孫の少なくないこ とが強く感じられるにもかかわらず、権威ある専門家がかれらを問答無用で華人のカテゴ リーに括ってインドネシア(だけでなく東南アジア諸国)の華人系住民人口を決めている のはいったい何を目的にしているのだろうか?わたしはサイコがかった黄禍論の亡霊をそ こに感じるのだが、間違っているだろうか? ともかくどれが正確な人口数値なのかよくわからないにせよ、中華人民共和国という国が 支配するようになった中国大陸という地域の先住民族を祖先に持つインドネシア国民がか なりの数、インドネシアの国内に暮らしているのである。 その中華系プラナカン国民にとっての政治と文化の活動基盤がオルバ政権によって閉ざさ れた。学校・マスメディア・社会組織の三つだ。インドネシア国内の公共スペースからそ れらは排除され、中華の色を帯びた政治と文化の活動は私的な個人空間の中に閉じ込めら れたのだ。 それに上乗せして、国民生活の中で中華文化がエクスポーズされることも禁止された。公 共スペースでの漢字の掲示、漢字の印刷物、中国の伝統文化が定めている祭事、公共スペ ースでの中国式祭祀、華人系国民の集会、政治運動、その他もろもろの禁止事項が法規で 定められたのである。1967年大統領指示書第14号は中華文化に由来する芸能を公共 スペースで演じることを禁止している。 華人系プラナカン国民は中華伝統文化から離れるように方向付けられた。生活文化の面で かれらはプリブミインドネシア国民のようにならなければならないという目に見えない不 文律がインドネシアの空中に大書されたのである。[ 続く ]