「印尼華人差別(2)」(2025年08月13日)

そのために華人系プラナカンはインドネシア名を作り、華人コミュニティでの暮らしでは
従来からの中華名、公的生活の場面ではインドネシア名という使い分けを行った。たいて
いの人が自分の中華名の発音に似た言葉をインドネシア名に使ったようだ。姓がタンであ
ればタノヨとかタヌジャヤあるいはタヌブラタ、ウイならウィジャヤとかウィボウォなど
というように。リム・シウリオンはスドノ・サリムを名乗ったし、リー・モーティはモフ
タル・リアディになった。

この改名が法規で強制されたように理解しているインドネシア国民や外国人が少なくない
ように見える。だが実際の法規の文面は強制という表現になっておらず、「インドネシア
名を使うように勧める(dianjurkan)」と書かれていた。そのため、スー・ホッギーやクイ
ッ・キアンギのように、自分の中国名を使い続けた著名人も少なからず存在している。

外国系プラナカン国民に対してインドネシア名への改名を勧める法規は1967年大統領
決定書第240号で布告されたもので、スハルト大統領が1967年12月6日にサイン
した。対象者は非プリブミ系国民と記されていて、華人系を狙い撃ちしたものでない印象
を与えている。


このように、華人系プラナカン国民は非プリブミとして別扱いされることになった。つま
り差別的国民行政の被害者だ。華人系プラナカン国民を指すノンプリという術語がオルバ
期に一般化した。同じ国民として同一の権利と義務を国家から与えられているはずの国民
を祖先がプリブミであるかないかで差別する政治姿勢は国家原理に背くものであるため、
オルバレジーム倒壊後すぐにハビビ大統領がこの差別用語の使用を禁止した。1998年
9月16日付けで出された1998年大統領指示書第26号で国家行政機構に対し、プリ
ブミ/ノンプリブミという言葉を使用してはならないことが指示されている。

ノンプリに替わる、華人系プラナカン国民を指す単語として、keturunanが使われるよう
になった。だが語彙を変えたところで、人間社会が差別意識を込めてその単語を数十年使
い続ければその言葉に差別のニュアンスが染み込んでいくのである。

差別や侮蔑のために作られた単語であれば不適切語彙としてボイコットするのは善いこと
だが、そうでない元々ニュートラルな単語が人間の意識のために差別や侮蔑の暗意を持つ
ようになった場合はその単語を差別用語などというカテゴリーに入れてボイコットするべ
きではないとわたし個人は考えている。

そんなことを続けて行けば、ニュートラルに使われている語彙を一部の劣悪な精神を持つ
者が差別侮蔑の意図を込めて使っただけで廃語の運命をたどりかねなくなる。百年たった
ら使える単語がなくなってしまうかもしれない。日本語の運命をそのような劣等人格者の
手にゆだねてよいのだろうか。

問題は言葉の方でなくて人間の心にあるのだから。文化の精髄のひとつである言語をその
ようにして死語にしていくのは愚行ではないかとわたしは思う。取られるべき対策は人間
の精神の方であって、何千年も使われてきた単語を死語にすることではないはずだ。それ
とも、人間を改善することは不可能と見切りを付けた結果そのようなことが行われている
のだろうか?われわれが住んでいるのはそんな社会なのか?話を戻そう。[ 続く ]