「印尼華人差別(3)」(2025年08月14日) 複合人種国家を構成している人種のひとつを政府が差別する状態がインドネシアに生まれ た、と言うと誤りになる。ヌサンタラがオランダ人の支配下に落ちたころからそれは始ま っていたのだ。決してスハルトが始めたことではない。いやいや、それどころか建国の父 スカルノ政権の時でさえ、華人系プラナカン国民に差別行政が行われたことすらあったの である。 ともかくその気の遠くなるほど長い長い歳月がプリブミの深層意識に偏見を浸透させた。 行政が政治的な目的で劣等国民を作り出せば、その枠の外にいた運のよい非劣等国民は政 治面の意図などかなぐり捨てて、社会生活面で劣等国民の劣等性をマニュアル化させてい くのが普通だ。この種のことがらになると、行政に批判的な国民でさえ政治の尻馬に付い て被差別人間集団を抑圧することに血道を上げるのが、唯一絶対神に選び出され愛された 人類という生き物の本性なのだろう。 - インドネシアにいる華人プラナカンはヌサンタラ文化とは違う文化の人間であり、異文 化が持つ異なる価値観で生活しているのだから、同種同一文化のプリブミなら感覚的な相 互理解が可能なのに、かれらが何を考えてどんな行動を取るかは予測もできない。 - かれらは利益を得るためにインドネシアにやってきて住み着いた外国人だ。行動の基準 は損得勘定であり、プリブミが持っている祖国インドネシアを愛する心情はかれらになく、 たとえインドネシア国籍を手に入れていても愛国的行動を取らない可能性は大いにある。 - かれらはプリブミの諸種族と打ち解けようとせず、閉鎖的で、自分さえ良ければそれで いいエゴイストだ。社会生活をプリブミと混じり合って行っているように見えてもその心 中にあるのは物質的利益の最優先であり、隣人付合いも損得勘定をベースに置いている。 - ズバリ、かれらは金の亡者でエコノミックアニマルなのだ。 世界を支配下に置いた文明の信奉する資本主義自由経済に従わないスカルノを倒したG3 0S事件の後、世界覇権者が理想に掲げている潮流をオルバレジームがインドネシアの中 に導き入れた。金銭流通が促進され、非順法的で非倫理的な面におけるその流れのスピー ドアップも強権政治の下で同時に花開いた。それまであった隠花植物が日の当たる場所に 移動し始めたようなものだ。 官僚機構と実業界の間に高まった贈収賄・癒着・便宜供与・・・。実業界のメインを占め ていたのは華人層であり、資本主義論理に沿って大型事業者がコングロマリットに発展す るのは理の当然だったから、財界の王者たちが顔をそろえればそこは華人ミリオネアのラ インナップとほぼ同義語になった。コングロマリシーはインドネシア経済の花形の座に君 臨し、行政がそれをサポートした。政権の隙間隙間に事業家の顔が映し出されて、政治と 経済の蜜月状態が作り出された。登場する事業家の顔はたいてい目が細かった。 良識派プリブミ国民層の目に映った華人の姿が欲張り・エゴイスト・反ナショナリズム・ エコノミックアニマルなどのネガティブな様相を呈したのは、かれらが時代の趨勢に自ら を適応させて利益とサバイバルを得ようとする行動に突き進んだことの結果でもあった。 プリブミ権力者以外にだれが時代の趨勢なるものを作り出すことができただろうか。 [ 続く ]