「印尼華人差別(4)」(2025年08月15日)

確かに、レフォルマシ時代における現代華人プラナカン層のメンタリティは昔の華人プラ
ナカン世代から変化したと指摘する声も聞かれる。その変化が陰暦正月の祝い文句に特徴
的に示されているそうだ。オルバ期より昔の時代に華人層は「新年おめでとう。財産も増
え、年齢も増え、すべての希望が実現されるように」と言っていたというのに、現代華人
たちはコンシファチャイと言うだけだ。恭喜発財とは「金を儲けて金持ちになれるように」
を意味しているそうで、気持ちの焦点が金にしか向けられていないことを示しているとい
うのがその指摘の内容だ。

しかしインドネシア文化の中にある塩田・養殖池・水田耕作などの技法や技術の中に華人
の教えたものがいろいろ含まれている。華人が伝えた大鍋などの調理器具や炊事技術もた
くさんインドネシア文化の中に吸収された。料理メニューも中華とインドネシアの融合し
たものがたくさんある。エコノミックアニマルで金の亡者と思われている者たちはそんな
ことを有料でプリブミに教えたのだろうか?

中華文化からプリブミがさまざまなものごとを摂取して自己の文化を豊かにした事実はイ
ンドネシア人一般に幅広く教えてしかるべきものだと有識者は語っている。そうすること
で薄っぺらい人間観が深みのあるものになり、暴動事件が起きるたびにスケープゴートに
されるような立場から印尼華人は少しずつでも離れて行くことができるだろう。


同じプリブミ同士の間にも華人プラナカンへの反感を生み出す振舞いがあると指摘する人
がいる。モールやショッピングセンターで店員が金持ち華人層とプリブミ一般庶民に示す
態度に違いがあると言うのだ。その落差を感じたプリブミ庶民は自分が二級国民になった
ように感じ、話に聞く昔のオランダ人と華人が二重写しになってそこに人種的な反感が芽
生えるというのがその指摘だ。

その一方で、オルバからレフォルマシに政治体制が転換されたものの、10年ほどが経過
してからオルバの中身を埋めていた者たちが続々と世の中に復権して来た。オルバの罪は
スハルト一族の背に集められ、取り巻きはみそぎを果たして世に復帰して来たとも言える。
おまけにスハルト一族までもが世に復権してくれば、レフォルマシというのは単なるビッ
グボスの交代事件でしかなかったと見なすことさえできるではないか。

コングロマリシーは学習効果を発揮して華々しさを世間から消し、目立たぬように批判さ
れぬように生き延びている。あるコングロマリットオーナーは子供の結婚式をシンガポー
ルで上げさせ、1千人を超える招待客をシンガポールに集めた。


同一文化の人間に向けられる仲間意識が強ければ強いほど、文化の異なる人間に向けられ
る他者意識も強くなる。この他者/よそ者という観念は時に恐怖心理を伴って発生する。
多分クセノフォビアがそのケースだろう。島国根性と呼ばれるものの中にこれも含まれて
いるのではないだろうか。

オーストラリアや米国に留学した極東の島国の若者たちがいつも同文化の者ばかりで集ま
り、外国生活でのほとんどの時間を同一言語の仲間との交際ばかりに費やしているために、
英語を自分の生活言語にするというせっかくもらった機会を効果の薄いものにしている姿
の根底にそれがあるようにわたしは感じている。異文化異言語の異人種人間と一緒にいる
と気詰まりや居心地の悪さを感じ、そんな場面を避けようとする心理が働くようだ。

それが文化となって民族文化の子供たちの精神の根底に刻み込まれることが起こっている
のであれば、そんな機会損失をもたらす文化というのは実に悲しむべきものではあるまい
か。異人種へのクセノフォビアとレーシズムが重なれば、あとは鎖国しかないだろう。鎖
国が生んだExclusive Paradiseという後遺症は極東の島国を呪縛し続けているのかもしれ
ない。[ 続く ]