「スラユ渓谷鉄道(終)」(2025年08月20日) インドネシア共和国完全独立後、インドネシア国鉄は東プルウォクルト〜ウォノソボ間の 列車運行を続けていたが、1970年代に入って蒸気機関車の燃料費高騰問題が起こった。 材木の供給が減り、おのずと廃材も減少したのである。市場の法則に従って、供給の減少 は価格を高騰させる。国鉄はディーゼル機関車に替えてその問題に対応したものの、採算 の悪化に抗しきれず1978年にこの路線は運行が閉鎖された。 今もウォノソボの町中に現存しているとはいえ、ウォノソボ駅の駅舎は商店とベンケルに なっているし、その周辺に鉄道線路も見当たらない。しかし汚れて薄くなってはいるもの の、駅舎の壁に記されたWonosoboの文字を判読することはできる。 いま、駅舎の周辺は住宅地区になってしまった。言うまでもなく、その一帯の地所はイン ドネシア国鉄の所有地なのである。しかし国鉄側には、ウォノソボ駅周辺の自己所有地を 誰かに貸した覚えはさらさらない。多分、インドネシアで一般に見られるserobot tanah 現象が起こったのだろう。待ち行列への割り込みはserobot antrianと言う。 インドネシアでは空地に人間の見張りを必ずつけなければならない。24時間見張りを現 場に縛り付けておく必要はないだろうが、最低でも夜間の見回りは必須だろう。人間が中 に入り込んで何かをしていれば、すぐに追い立てなければスロボッタナの結末に至りかね ないのである。 それをしなければ、たとえ塀を作り有刺鉄線で空地を囲おうとも、何者かがそこに侵入し て自分の土地のように振舞うようになる。その者がそこで暮らし、その土地で何らかの事 業を行うようになれば、土地登記権利書の法的効力は低下して行くのだ。そのスロボッ者 を追い払うために裁判が必要になり、また立ち退き金も渡してやらなければ、その土地の オーナーがまるで人でなしのように世間から見られる。 ウォノソボ駅周辺に住んでいる住民の中には、鉄道が復活するなら立ち退くのにやぶさか でないと語る人もいる。そんな場合であれば裁判の必要はないだろうが、地主は立ち退き 金を相手に渡し、不法住居の撤去を自費で行わなければならない。 1978年に閉鎖されたウォノソボ〜東プルウォクルト路線の復活は、単純にその路線だ けを昔に戻すということにならない、と鉄道専門家はコメントしている。かつて東のパラ アンまでスチャンからトゥマングンを経由して鉄道が来ていた。その路線も現在閉鎖され ており、ウォノソボ〜東プルウォクルト路線の復活はマクロの視点に立って検討されなけ ればならない、と専門家は主張するのである。 しかしそういう問題を別にして、国鉄はプルウォクルト〜ウォノソボ間の再運行計画を作 成した。運行が閉鎖されてから半世紀近い歳月が流れたいま、スラユ渓谷鉄道路線が通っ ていた場所の多くが住宅密集地になり、道路ができ、おまけに線路自体がほとんど姿を消 してしまっている。線路を屑鉄として売却し、金を得た人間がいるにちがいない。 旧路線をそのまま再生できるのは全ルートのうちの38パーセントで、62パーセントは 南側を通る新ルートに変更しなければならないと国鉄側は語っている。国鉄の再運行計画 書によれば、旧路線が使えるのはソカラジャ〜クランポッ間だけになりそうで、それ以外 は新しい土地に線路を通さなければならない。 そのための工事は第1フェーズがプルウォクルト〜クランポッ間30.6キロ、第2フェ ーズはクランポッ〜バンジャルヌガラ間35.4キロ、第3フェーズがバンジャルヌガラ 〜ウォノソボ間25.5キロとなっている。 今やプルウォクルト〜ウォノソボ街道を車で走れば3.5〜4時間かかるのが普通になっ てしまった。道路が狭く、そして人口の増加が渋滞箇所を増やしているからだ。もしもス ラユ渓谷鉄道が復活すれば、プルウォクルト〜ウォノソボ間は2〜3時間で踏破できるだ ろう。今は自動車しかないディエン高原観光の足に鉄道が加味されることは、産業の乏し い中部ジャワ州中部高原地帯の経済に良い効果をもたらすことだろう。インドネシア国鉄 もそれを期待している。[ 完 ]