「ソロのレールバス(1)」(2025年08月21日) ソロ市内中心部の目抜き通りの脇に鉄道線路がある。それは路面上でなくて道路の脇を並 行して走っている線路であり、しかも線路の上にも下にも電線がないから、これは路面電 車の線路ではないという結論を引くことができる。 車道の上は四輪二輪の自動車専用になっていて、鉄道線路はそれと分離帯で隔てられてい るエリアもあるが、そうなっておらず、すぐそばを自動車が走るエリアもある。線路はあ くまでも道路の南脇の部分、つまり道路の一部を走っているのだ。 路面電車の通常のイメージは車道の上を電車と自動車が混じり合って一緒に走るというも のだろうが、ソロではあくまでも道路の脇を車道上の自動車と並んで列車が走るのである。 しかも目抜き通りに合流してくる中小の道路や大きい道路との交差点には安全柵もなけれ ば踏切もまったく設けられていない。 ということはつまり、この目抜き通りを走行する列車は交通信号に従うのである。そんな 市中の走行では安全のために時速20〜30キロに速度が制限され、また合流したり横断 したりする車に注意を促すための警笛が頻繁に鳴らされる。 わたしが初めてソロの町中でその目抜き通りを車で走ったとき、道路脇に線路が見えるの に首を傾げ、多分昔あった路面電車の名残だろうと勝手な想像をしたのだが、それが現在 も使われている路線であり、その上をレールバスがはるか39キロ離れたウォノギリまで 走るということを知ってはじめて驚愕した。道路脇の線路は近距離鉄道の線路なのだ。こ の列車走行スタイルはインドネシア全土でただソロの町にしかない。 ソロ市の中央駅であるソロバラパン駅の西隣がプルウォサリ駅だ。西方のボヨラリからや ってきた国道16号線がカルトスロでジョクジャから来た国道15号線と合流し、15号 線となってソロ市内に向かう。プルウォサリ駅から6百メートルほど手前で15号線は北 に離れて行き、そのまま直線道路がスラマッリヤディ通りとなってプルウォサリ駅の南表 を通過する。 プルウォサリから、スラマッリヤディ通りは一直線にファステンブルフ要塞目指して市内 中心部を突っ走るのである。そしてそのスラマッリヤディ通りの南脇を上述の鉄道線路が 通っているのだ。 この鉄道線路はプルウォサリ駅の南側が西端のターミナル停車場で、そこからファステン ブルフ要塞の南東にあるソロコタ駅までの5.4キロを安全速度で走行したあと、ソロコ タ駅とウォノギリ駅を結ぶ路線に乗り入れて南に向かう。全行程39キロの旅は105分 かけて行われる。その39キロの間にはスコハルジョとパサル~グトゥルのふたつの駅が ある。 その昔、1970年代までスラマッリヤディ通りを蒸気鉄道が走っていた。使われた機関 車はC2001、C1603、C1801だったそうだ。しかし現在、プルウォサリ〜ソロコタ〜ウォ ノギリ路線を運行している列車はバタラクレスナ号と命名されたレールバスだけになって いる。ジョコ・ウィドドがソロ市長だったころから、蒸気機関車が引く客車をこの路線に 走らせようというアイデアが何度も話題に上っていたにもかかわらず、どうやら実現して いないように思われる。 当時のジョコウィ ソロ市長はそのアイデアを携えてアンバラワの鉄道博物館を訪れ、保 存されている蒸気機関車を見て回り、CC5029の偉容に一目惚れしてそれをスラマッリヤ ディ通りで走らせたいと希望したものの、国鉄の技術者はそれを生き返らせるのは不可能 だと語り、1902年ドイツ製B2501を勧めた。 頑丈で大型のCC5029が街中の目抜き通りを走れば、通行人たちはきっと度肝を抜かれる ことだろう。その後インドネシアの大統領にまで上り詰めたジョコウィはそんな性格をし ていたようだ。[ 続く ]