「ソロのレールバス(2)」(2025年08月22日)

バタラクレスナ号は3両編成全長40メートルのジーゼル列車で、乗客収容能力117人。
この車両はマディウンにある国有会社インドネシア鉄道車両製造株式会社PT INKA製の国
産車両であり、車体の外観から車内の構造やデザインも比較的豪華なものになっている。

インドネシア国鉄が運行している国内路線では基本的にすべからくインドネシア製国産車
両が使われており、外国製鉄道車両が使われているのは国鉄から分社化した大都市近郊電
車とジャカルタ〜バンドン高速鉄道だけのようだ。

バタラクレスナ号はレールバスと呼ばれている。車体製造にレールバスのアイデアを採り
入れたものであるため、そう呼ばれて当然だろう。そして同時に、鉄道でありながら市内
目抜き通りをバスのように走るという意味も持たされていて、ソロ市の交通政策の中でひ
とつの柱を形成している。


バタラクレスナ号の運行は2015年3月11日に開始された。実際には2011年から
2013年まで運行が行われたものの一旦停止され、ブランク期間のあと再開されたのが
2015年のことだった。

3月11日の運行再開初日には終点のウォノギリ一帯もお祭り気分に包まれ、たくさんの
地元民が幼い子供の手を引いて列車見物に集まって来た。バタラクレスナ号の運行再開を
たいへん喜んでいる地元民のひとり、80歳のタラム老人は昔を回顧して記者のインタビ
ューに対し、こう物語った。
「古い昔の時代に、ここはとても賑やかな駅でした。スプルクルトゥッsepur kluthukが
石灰岩や籠詰めの野菜をいっぱい運ぶんですよ。石灰岩はバトゥレッノから運ばれてきま
した。」 

現代インドネシア語でlokoと呼ばれている蒸気列車のことを老人はスプルクルトゥッと呼
んだ。この老人はウォノギリ駅の表で小さいワルンを営んでいるから、駅を利用する人間
が増えれば商売繁盛することだろう。


かれの言うバトゥレッノはウォノギリ駅からさらに19キロ南にあった鉄道終着駅で、か
つて線路はそこまで続いていた。ウォノギリ県で有名な観光名所になっているガジャムン
クルGajah Mungkurダムを越えた南側にバトゥレッノ郡があり、昔はウォノギリ鉄道駅と
バトゥレッノ駅が線路でつながっていたのだが、ダム建設のためにその路線は廃線の運命
をたどった。路線の一部がダムの底に沈んだのである。

かつてソロコタ駅からバトゥレッノ駅までの鉄道路線は次のようになっていた。
Solokota - Kronelan - Kalisamin - Sukoharjo - Gayam - Kepuh - Songgorunggi - 
Nguter - Pasarnguter - Kalikatir - Tekaran - Wonogiri - Somohulun - Gudangdongdong 
- Nguntoronadi - Gamping - Baturetno
今のバタラクレスナ号停車駅はSolokota - Sukoharjo - Pasarngunter - Wonogiriだけ。

植民地時代にオランダ人が運行させていたスプルクルトゥッはバトゥレッノとソロの間を
走り、ウォノギリはその途中にある大きい停車駅だった。貨車の大部分はバトゥレッノで
積み込まれた石灰岩でいっぱいになっていた。石灰岩はソロ周辺にある製糖工場で使われ
る砂糖生産用素材だ。

1863年時点でソロ周辺の製糖工場は、スラゲンに22ヵ所、ボヨラリに11ヵ所、ク
ラテン9ヵ所、カルトスロに4ヵ所あった。生産量はクラテンが年間40,239ピクル
で最高位を占めた。[ 続く ]