「印尼華人の受難(1)」(2025年09月01日)

太平洋戦争が終わって世界の覇者が確定したあと、国民社会が基盤に置く原理の対立がイ
デオロギー抗争の形で顕在化した。つまるところ、その本質は世界の覇権を握った文明の
中に発生した民族間覇権争奪でしかなかったと考えられるものの、人間が生きるべきあり
方に関わるイデオロギー間の選択という現象でもあったがために、挑戦者が覇権文明の外
にいる諸民族を自分の陣営に引き込んでこの対立を世界規模の抗争に拡大させたことから、
その覇権争奪が地球を二分する規模になることが避けられなかった。つまり覇権文明に支
配されるはずの民族が挑戦者の側に与するチャンスがそこに生まれたことになる。

支配されるべき諸民族を第二次世界大戦の勝者に抵抗するように同じ白色人種の挑戦者が
けしかければ、世界の覇権を握ったはずの世界大戦勝者がそれを黙って見すごすわけには
いかない。覇権を確定させる戦争が終わったばかりだというのに、勝者は安閑としていら
れなくなった。ましてや、その状況を巧みに利用して被支配民族を支配者の蜘蛛の糸から
切り離し、第三勢力として団結させようとする動きを示す男が東南アジアに現れるにおい
てはなおさらのことだ。

植民地主義が生んだ被支配民族を糾合して、地球を危険な状態に陥れようとしている白人
支配者の覇権争奪に対抗する第三勢力を組織化しようとするかれの構想は、新たな世界秩
序における支配者になろうとしていた勢力にとって、まったく気に入らない妨害行動にな
った。第二次世界大戦の勝者にとって、スカルノは実に危険な男だったのである。


スカルノは自国内で国軍・共産党・イスラム勢力を巧みに操り、揺れ動く対立抗争を決し
て一方向に傾斜させるようにせず、一見すれば不安定に見える状況を作り出しながらその
上に乗って自分の政治を行う綱渡り政治家であり、同時に白人文明の中で対立抗争する両
者に目くらましを与えて双方からメリットを引き出そうとする、一種の手品師でもあった
のだ。

覇権を握った世界大戦勝者がスカルノを消すことを考えるのも自然な成り行きだった。共
産党に将軍たちを暗殺させ、国軍が反撃して共産党を壊滅させれば、スカルノが乗って操
縦している馬車はひっくり返る。共産党の動きの責任をスカルノに取らせることで、スカ
ルノの政治生命は露と消える。そんなシナリオが1965年に実行に移され、その結果は
大成功を収めたのだ。オルバレジームがG30S/PKIと名付けたクーデター事件がそ
れだ。

映画人ガリン・ヌグロホは書いている。
「インドネシアは米国にとって最高のプレゼントなのであり、われわれはどんな代償を払
ってでもそれを手に入れなければならない。」東南アジアの政治状況が不安さを増してき
た1960年代に米国大統領が語ったのがその言葉だった。もちろんジオポリティクス面
での不安と誰しも思うだろうが、それだけではない。米国にとっての天然資源の供給と流
通への強い関心もそこにからんでいた。

日本の敗戦で太平洋戦争が終わり、オランダが米英に支持されてインドネシアに復帰して
来た。だがその裏にはインドネシアに広がる天然資源の支配とコントロールが米英の手の
届かないところへ離れてしまう懸念が、言い換えれば深刻な怖れが存在していた。

オランダがヴェステルリン(Westerling)指揮下の特殊部隊を使ってインドネシアの天然資
源センター地域を完ぺきに征服支配しようとしたのは決して不思議なことではない。ヴェ
ステルリンのオランダ軍エリート部隊は容赦なく現地のインドネシア住民を殺しまくった。

災難だったのは、戦争になれば勝てる見込みのないインドネシア側が焦土作戦を行ってで
もオランダにそれを渡すまいとしたことだ。それは米英にとって最悪のシナリオなのだ。
オランダとインドネシアを交渉のテーブルに着かせる努力が進められた。

インドネシアの天然資源が国際外交の媒体として巨大なパワーを持ち、インドネシア独立
に大きく貢献したことを上の話が示している。言い換えるなら、インドネシアの天然資源
は常に世界の大国に搾取される宿命を背負っていたと言えるだろう。[ 続く ]