「JKT−BDGエクスプレス(終)」(2025年09月06日)

ダユコロッ〜チウィデイ区間(多分チクダパトゥ〜チウィデイ区間と言う方が正確なので
はあるまいか)は1982年までインドネシア国鉄が運行を継続していた。その年に閉鎖
されたのは1980年代に入ってから政府が交通政策の重点を道路交通に移したことの結
果であり、道路建設が盛んに行われるようになったことと裏腹の関係に陥ったためだそう
だ。全国的に多くの弱小鉄道路線が閉鎖されている。

オルバ政府は国内経済政策のひとつとして自動車産業育成を推進するために道路の量と質
を向上させるインフラ政策を実施した。自動車専用道の建設もその一環に位置付けられて
いた。国鉄が多くの路線で運行を廃止したのはその政策のあおりを受けたからだろう。


1982年に閉鎖されたチクダパトゥ〜チウィデイ線の現状をコンパス紙が2016年に
調査した。チウィデイ駅舎の表はしっかりと錠前がおろされているものの、周囲は住宅密
集地になっていて駅舎の入り口は住民の家屋の壁に塞がれている。1924年に建てられ
た駅舎はそんなごみごみした環境の中でひっそりと朽ちようとしている風情だ。蒸気機関
車のための給水塔の周囲も住民の家屋にびっしりととり巻かれた。そんな家屋の土台の下
から鉄道線路がにょっきりと突き出ている。

チウィデイ路線の運行が止まると鉄道用地を住民が無断使用し始めた。線路周辺ばかりか
線路上にまで建物が建てられている。線路の上に家屋の土台が作られたり、あるいはアス
ファルトで埋められて道路になった。駅舎は市場になったり、廃屋になっている。

鉄橋はアスファルトで線路が埋められてオートバイがその上を走るようになった。ソレア
ン郡ダフ村にあるス~ガパン鉄橋はまだしっかりとその姿をとどめていて、観光客が見物
に来たり、プリウエディング写真の撮影ロケーションになったりしている。チウィデイ地
方は今でも茶やコーヒーの生産センターの地位を維持しており、鉄道路線の復活は地元経
済に良い効果をもたらすだろうと見られている。

西ジャワ州運輸局はチクダパトゥ〜チウィデイ線、ダユコロッ〜マジャラヤ線、ランチャ
エカッ〜タンジュンサリ線の復活に加えて、マジャラヤとグデバゲおよびグデバゲとエラ
ンをバンドゥン駅を経由して結ぶバンドゥン市内路線の建設を構想している。市内路線は
モノレールという案が有力になっているが、悲観的な意見も多数出されているようだ。復
活の夜明けはいつ訪れるのだろうか?[ 完 ]