「印尼華人の受難(9)」(2025年09月09日) 西ジャカルタ市ジュンバタンドゥア地区では暴徒が路上にあふれ、走って来た四輪車二輪 車を強奪し始めた。バイクに乗っている者を川に投げ込み、バイクを奪う。自動車専用道 は動けなくなった四輪車で満ち溢れた。そこへ登って行った暴徒はベンツを運転者から書 類とともに奪い、後日その車を売って金を手に入れたそうだ。 グロドッが襲われているのを知ったジャカルタの地元民がグロドッに向かい、掠奪者に加 わって商店から商品を奪って持ち帰った。中には携帯電話機を取って来たつもりが、家に 帰ってみたらそれはリモコンだったという笑い話もある。 15日に入ってからあらゆるメディアが暴動の終結を報道し始めた。報道界は移動する暴 動の展開を克明に報道することをやめてしまい、暴動は鎮静に向かっているという情報を 流すようになった。確かに「どこそこで暴動が始まった」というニュースをリアルタイム で流せば、その地区に暴徒を集める結果を招くかもしれない。反対に「暴動は終わりだ」 という言葉を聞かせれば、機を見て掠奪稼ぎに走っていた地元民を正気に戻すことができ るかもしれない。 しかしジャカルタの辺縁部から周辺部にかけて、その言葉と裏腹の状況が続いている地区 がたくさんあったらしい。ブミスルポンダマイでは16日の夕方まで商業センターの襲撃 を企む暴徒と巻き添えを懸念する周辺住宅地区住民の自衛グループがにらみ合いを続け、 夜に入ってやっと軍の装甲車が住宅地区に入って来て暴動抑止にかかり、暴徒は17日に 解散して姿を消したという住民の手記がある。 暴徒の動きは、各地区にある商業中心エリアで破壊と掠奪を開始し、それが終わると店舗 に放火して灰にするというパターンが一般的だったようだ。住宅地区への襲撃はケースバ イケースであり、華人系プラナカンが多い地区では住宅地区もターゲットにされた。そう でないエリアでは高級住宅地区が掠奪のために狙われたケースもあったようだ。 都内のいくつかの主要地区にどこから来たのかわからない、つまり地元民でない群衆が出 現し、頭髪を兵隊刈りにした男が号令をかけると群衆がターゲットの建物に向かって投石 や襲撃を開始し、掠奪を行った。それを見た低階層の地元民が掠奪や破壊行動に加わり、 暴徒の数が膨れ上がった。そのエリアで破壊と放火のプロセスが終了すると、暴徒は近隣 の他地区に移動するという流れが見られた。自然発生的に集まった地元民暴徒の中には、 暴動の動きに従って移動した者もあっただろうが、付いて行かなかった者のほうが多かっ たような印象がある。 突然暴徒が地区一帯を埋め尽くしたのに驚いた商店や事務所はすぐに店を閉めて逃げよう とした。そのとき、暴徒の中に恐喝を行う者がいて、店を焼かれたくなかったら金を出せ と店主に迫った。一番安くあがった交渉は2百万ルピア、最高は8千万ルピアだったとフ ァクトファインディングチームは報告している。いくつかの暴動地区で、ほとんどの店が つぶされ商品が空っぽにされている商業地区の中にまったく無傷の店がポツンポツンと見 られたことがその恐喝の事実を示していると述べている報道記事もあった。しかし金の取 られ損になった店がなかったはずもないだろう。 5月暴動における掠奪行為はその店に置かれていたあらゆる商品を対象にした。コンビニ では即席麺から他の飲食品、洗剤からヘアピンに至るまで、自動車部品店もボルトナット の一片も残さずすべてが奪われた。電気器具店ではテレビ、コンピュータや洗濯機。自分 の背より高い冷蔵庫をひとりで担いで持ち帰る火事場のバカ力持ちが多数見られたそうだ。 スーパーマーケットではトローリーまでがすべて姿を消した。地元民掠奪者にお誂え向き の運搬具にされてしまったようだ。[ 続く ]