「イブ(2)」(2025年09月10日) それらのはなはだポエティックな言葉は、インドネシアの民族主義運動を種族主義に分裂 させないようにするために、異種族を統合して建国する単一国家に意識を転換させるため のツールとして作り出されたようにわたしは理解している。オランダ東インドが分割統治 していたヌサンタラをインドネシアという統一国家にするためには、その国民になるひと びとに人種的観念を持たせないようにし、インドネシア民族という非人種的で政治的な概 念を創造した上に、国家が持つ領土を全国民が戴く聖なるものと認識させる愛国主義にど っぷりと浸すことが必要だった。 そのコンセプトが国歌インドネシアラヤの歌詞の中に克明に謳われているのは周知のこと だ。その国歌が一介の知識人によってインドネシア共和国が建国される前の、民族運動真 っただ中の時代に作られたことを思えば、あの時代のインドネシア人が使っていた民族と いう言葉がわれわれの使う民族という概念と同心円を描いていない事実にわれわれはあら ためて気付くだろう。 インドネシアラヤの歌詞の変遷は拙著「国歌インドネシアラヤの歴史(全五回)」(20 17年06月12〜16日)がご参照いただけます。 http://indojoho.ciao.jp/2017/0612_1.htm 最下端のMOREをクリックすればページがめくれます。 人種的なインドネシア民族というのは存在したことがない。インドネシア民族というのは 政治的に作られた概念であって、人類学的なものではないのだ。インドネシア共和国とい う国が作られ、政治的な概念の中でその国民への定義付けが行われたとき、はじめてイン ドネシア民族が地球上に出現した。それ以前にヌサンタラに住んでいた数百の種族は文化 や言語を異にする異種族異文化人でしかなかった そのため、インドネシア人が行った民族運動というのは文化人類学的に異種族であるひと びとがひとつの民族として政治面の主権を獲得するために行った運動なのであり、自然発 生的に同胞・仲間という観念で包まれている文化人類学的な単一種族が行う民族運動とは 意味合いが違っていた。 異民族に支配されていた民族が解放と独立を目指す民族運動というものがインドネシア共 和国発足前に行われたことはかれらの言う民族という概念が既に複合人種を指していたこ とを意味し、自由と独立の両方を意味するムルデカの雄叫びは人間が人間を支配する野蛮 さに向けられた文明化の趣をより強く持つものだったと言える気がする。 植民地主義の野蛮さに対抗して大同団結した異種族異文化人たちは、異民族支配者との闘 争に加えて相互に団結した異邦人との協調と一体化をも推進させた。その文明化に向かう 闘争の中で、人間同士の支配被支配関係が絶対悪として否定されたのは当然の流れだった ように思われる。宗教がそれを否定しているという論を唱える者もあるが、歴史の中でそ の信徒たちは奴隷制度を設けて他の人間を支配して来た。宗教の中のそのモットーは支配 されない立場に自分を置いた者同士にとっての真理でしかなかったのではあるまいか。 インドネシアラヤの歌詞の中にイブが登場する。国民は祖国インドネシアの地に立って、 母を導くのである。この母は人間なのか、それとも祖国インドネシアの大地なのか? 国土を母のイメージで包んだのは、インドネシア人が伝統的に抱いていた崇高なる母性と いう観念との間に起こる共鳴が狙いだったのではないかという気がするのである。祖国に 父のイメージをかぶせている文化も世界には存在している。ヨーロッパのラテン系諸国や ドイツイギリス系諸国では父なる祖国という表現が流通しているように私は感じている。 そんな文化のひとびとにとっては、安易に母のイメージを祖国という言葉にかぶせるわけ にいかないはずだ。[ 続く ]