「印尼華人の受難(11)」(2025年09月11日) 1998年5月にインドネシアで起こった印尼華人をターゲットにする暴動事件ほど中華 人民共和国の民衆を激昂させたものはなかったと言われている。ひとびとはテレビ画面に かじりつき、流れてくる恐怖に満ちた映像に見入った。白昼に燃え上がる火がビル・商店 ・家屋を総なめにし、その間を悲鳴を上げて逃げ惑うひとびとの姿が視聴者の脳裏に焼き 付いた。現代国家を象徴するモダンな大都市の中で放火・掠奪・婦女暴行などの野蛮な行 為が横行し、治安と社会秩序を維持する使命を負っているはずの公安機構員の姿がどこに も見当たらない。 ジャカルタで三日間続いたその事件が終わってから、北京ばかりか香港・ニューヨーク・ ロサンゼルス・ロンドンなど世界中の大都市で、ジャカルタ在住華人系プラナカン国民を ターゲットにしたその事件を非難する民衆デモが大きな波を形成した。 まったく突然に、これまで一度も起きたことのない世界中の中華系のひとびとの人種的連 帯感情が世界を覆ったのである。それとは別に、華人系女性をターゲットにしたレープ行 動が多数の被害者を生んだことから、世界中のフェミニズム活動家の怒りをも引き出すこ とになった。 インドネシアでは昔から、騒擾や動乱が起こるといつも、敵とされている側の女性にレー プ攻撃が集中した。ある地方が軍事作戦地区に指定されたなら、その土地の女性住民は見 つけられ次第兵士が行うその攻撃の対象にされた。レープとは、男が行う戦闘に付随する 余得でなくて、敵への攻撃の一手段だったのである。まるで冗談のような事実だ。 5月暴動の中で行われたレープ行動がレーシズムを象徴的に示すものであったことは疑い ようがない。華人系に似た姿のプリブミ女性が被害者にされたケースももちろん中に混じ ってはいても、だからレーシズムとは関係がなかったとは言えそうにない。 国連はこのアンチフェミニズムの面を重大視し、特別委員会を設けてインドネシアに専門 家ラディカ・クマラワティを派遣し、調査を行わせた。かの女は国連に調査報告書を提出 した。 中国本土に住んでいるインドネシア系中国籍者は決して少なくない。北京だけで1万人い ると言われている。その多くは1960年代に国籍選択を強制されてインドネシア国籍を 取らなかったためにインドネシアを去らなければならなかったひとたち、更には1965 年のG30S事件から逃れようとしてインドネシアを脱出したひとたちもいる。そのとき 大人だったひとびとにはもう世代交代が起こったから、今の大人の多くは親に連れられて 幼少期に中国に移住したひとびとと言えるだろう。もちろんもっとあとに大人になってか ら個人的な事情で移住したひともいる。 1960年代に移住したひとびとの中に純血インドネシア女性の姿もちらほらと混じって いた。華人系プラナカンの妻になったプリブミ女性たちだ。夫と子供たちが中国へ移住す るというのに、自分は付いて行かないとは言えなかったにちがいあるまい。 国籍選択のできごとは中国政府が言い出したことだったから、中国政府は中国籍を望んだ 華人系プラナカンインドネシア人を運ぶために移民船を用意した。しかしその移民船は中 途で打ち切られたために希望者を全数運ぶことができず、結局14万人いた希望者のうち の4万人くらいしか中国に渡っていない。10万人くらいが仕方なくインドネシアで暮ら さざるを得なくなった。 かれらの中にインドネシア国籍取得手続きを行わなかった者がたくさん出たことが想像さ れる。インドネシア国籍証明書SBKRIを作らなかったためにかれら自身とその子孫がイン ドネシア国民に対して与えられる住民証明書・出生証書・婚姻証書等々の証明書を何ひと つ持っていないという家庭がたくさん生まれることになった。 国民生活から疎外されれば、生活難に陥って貧困生活を余儀なくされるのが筋道になる。 ところが公式な国民であることを証明できないのだから、貧困者国民数の中にすら含まれ ない。そんな境遇の華人系プラナカンがレフォルマシ期に入って大きな問題を形成した。 [ 続く ]