「印尼華人の受難(12)」(2025年09月12日)

1998年の5月暴動に際しては、中国政府はインドネシア在住華人系プラナカンへの顕
著な保護対応を示さなかった。中国大使館が保護するべき者は中国籍者だけなのだから、
その点にポイントが置かれたのである。中国籍を持っていない華人系プラナカンは中華人
民共和国にとっても外国人になった。

在外の中国籍華人は華僑と呼ばれ、在外の非中国籍華人は外籍華人wai ji hua ren略して
単に華人と呼ばれる。1998年ごろのインドネシアに重国籍者は存在し得なかったから、
ジャカルタの中国大使館が把握していない華僑もあり得なかったことになる。

中国で1984年に出された法令には、インドネシアの華人系プラナカン国民は中国人で
なく、華僑でもなく、華人である、という定義が示されているそうだ。

だからジャカルタの中国大使館は人情同情はさておいて、インドネシア国籍の華人系プラ
ナカンに公的に何かをするのも困難だったにちがいあるまい。ましてや全般的にその事件
を見渡してみるなら、その暴動では華人系だけが狙い撃ちされたのでなかったようにも見
えるのだから。掠奪をそそのかされて入ったショッピングビルに放火されて大勢のプリブ
ミ低階層庶民も生命を落としているのだ。

東ジャカルタ市クレンデル地区のヨグヤプラザが最大のプリブミ死者を出したと言われて
いる。そのビルでの焼死者数は5百人近くにのぼった。またリッポカラワチスーパーモー
ルでも数百人の掠奪者が焼死した。


インドネシアの5月暴動がなぜ起こったのか。それについて、現代人類の世界秩序の基盤
に置かれているデモクラシー原理とフリーマーケット原理を採用している人種複合社会で
マイノリティ人種が経済覇権を握ったとき、マジョリティ人種が抱く嫉妬と不満が憎悪と
怒りを生み、行政の姿勢いかんでマイノリティ人種への殺害・放火・婦女暴行といった暴
力が噴出することが起こりうると解説する社会経済学者もいる。

特に独裁的全体主義的政権が失墜したあと、政界に登場した政治家がマジョリティ国民の
支持を集めようとして行うスピーチが往々にして強いマイノリティ人種に対する非難を孕
み、それに扇動されたマジョリティ国民が行動を起こすというプロセスの起こったケース
が過去にあった。

政治体制の大きい転換だけでなく、そのような経済的矛盾を抱えている国で民主的選挙で
選ばれた国家指導者がマジョリティ国民の経済的繁栄を公約した場合、その政治が公約通
りの効果を生まなければ、国家指導者が身の保全を図るために強硬手段を使うことも起こ
りうる。

いくら経済面で強くても、マイノリティ人種は政府が保護しないかぎり暴力には弱い。国
内のどこかで暴動が起こり、それをタネにしてマイノリティ人種を威嚇すれば経済政策面
でかれらの協力や譲歩が得られるかもしれない。

現実世界では、世界中のいたるところでマイノリティ人種の経済覇権掌握現象が起こって
いる。インドネシアで通常ささやかれているのは、人口比率3%の華人系住民が国内経済
の7割を握っているという言葉だ。インドネシアでは華人系国民が他のエスニックグルー
プに比べて大きい資産を持ち、豊かな経済生活を営んでいるという印象が流通している。

オルバ期にスハルト大統領を華人コングロマリットがとり巻いていた風景がそんな印象を
裏書きしていた。華人に向けられた怒りと憎しみが繰り返し繰り返しインドネシアのあち
こちで人種暴動を発生させたことを否定できる者はいないだろう。その最大級のものが5
月暴動だったとその説の主張者は言うのである。[ 続く ]