「印尼華人の受難(終)」(2025年09月16日) 1998年5月暴動はなぜ起こったのか。これまでのところ、それに関する確定的な解説 は見られない。民衆に対して暴動を扇動した者の多くが髪の毛を兵士のようにカットした スタイルをしていたという証言が少なくなかったことから、G30S事件と同様に軍部が 関わっていた可能性が語られている。 この暴動事件の前に東南アジアを通貨危機が襲い、1997年後半にはインドネシアで外 為レートの激しい乱高下が始まり、1998年には対米ドルレートが大暴落した。石油燃 料の大部分を輸入に頼っていたインドネシアはガソリン市場価格を引き上げざるを得ず、 国内インフレの根源のひとつであるガソリン値上げに襲われて庶民の経済生活は苦難のど ん底に投げ込まれた。 米・砂糖・食用油など9種類の生活必需品を意味するSembilan Bahan Pokok略称Sembako の大放出を政府は国民救済のために行った。まだ経済的な余裕を持っている一般市民も、 貧困階層への援助をスンバコ現物支給の形で行った。スンバコという言葉がその時代の一 大流行語になった。 この嵐の中でまるで無力な政府に国民が不満を抱くのは当然だろう。32年間のオルバレ ジームに対する国民の不満が頂点に達し、過去の強権と弾圧政治、不平等な経済成長、不 公平な社会的地位と差別に対する国民の怒りが政治体制の交代を求める心理を醸成した可 能性は高い。 1998年5月5日にメダン、5月8日にソロ、5月12日はジャカルタのグロゴル地区 で学生デモと警察反モブ部隊との衝突が繰り返され、学生の中に死者が出た。そして5月 13日の誰が組織したのかわからない計画的組織的大暴動がジャカルタを大混乱に陥れた のである。 G30S事件のようにもしもこの暴動に外国からの謀略がからんでいたのであれば、印尼 華人はふたたび政治謀略の道具に使われたことにならないだろうか?いや、国外からであ ろうとなかろうと、スハルトレジームに引導を渡したい勢力がオルバ政権を崩壊させるこ とを企図して計画したものであるなら、この企画もG30S事件と同様に、ものの見事に 金的を射たことになりそうだ。 オルバ政権の印尼華人抑圧政治はレジーム発足時から世界中の注目を集めた特徴的な方針 であり、華人をターゲットにする暴動を放置したという非難は容易に因果関係が成り立つ はずだ。スハルトを失脚させるためのシナリオに印尼華人層の被害は必要不可欠なものだ ったのではあるまいか。 もしも(またもしもが続くのだが)、1945年から1998年までの半世紀にわたる長 い期間にインドネシアを統治したふたつの政権を倒すのがそれらの事件の目的だったのな ら、そしてそれらの事件の中で華人プラナカンの生命や財産に対する暴虐が特別な意味を 持っていたのであるなら、われわれはそれを印尼華人の受難と言わずして何と呼べばよい のだろうか?[ 完 ]