「アンバラワ鉄道ループ(2)」(2025年09月22日)

アンバラワはどうなってしまったのか?
アンバラワ駅はヴィレム1世要塞から1キロ弱離れた位置に設けられていて、この駅はヴ
ィレム1世駅という名前でも呼ばれていた。たとえアンバラワ駅を通る線路がスチャンや
トゥンタンまでつながっていても、列車運行がなされなくなったのだから、この鉄道駅も
お役御免にならざるをえない。必然的に廃駅の運命をたどることになる。ところがこの路
線ばかりか、全国の路線を走っていた蒸気機関車も老朽化して使われなくなるものが増え
てきた。主要路線はディーゼル機関車に取って代わられ、屑鉄として売却されるロコまで
出る始末だ。

中部ジャワ州知事が国鉄側と協議して、ヴィレム1世駅を蒸気機関車博物館にすることを
決めた。そして1976年に州議会の賛同を得て、1978年4月21日にアンバラワ鉄
道博物館がオープンしたのである。この博物館には最初、まだ十分走れて整備可能だが、
商業運行に不適切と判定された蒸気機関車が集められた。

まだ走れる蒸気機関車を近距離で動かして観光列車を運営しようと博物館側が考えたのも
不思議ではない。特にスチャン向けの路線は急勾配の山の中を走る区間があり、景色の良
いトゥロモヨ山中をロコが客車を引いて走る舞台がととのっている。こうして、アンバラ
ワ〜ブドノBedono間を土日祝日に観光列車が走るようになった。週日でもチャーター料金
を払えばロコを走らせてくれる。

1996年のチャーター料金は一回62万5千ルピアだった。それを払えばロコの客車を
独り占めしてもかまわなかったようだ。ところが2005年には5百万ルピアになり、2
016年には1千5百万ルピアになった。その値上がりのすさまじさについて博物館側は、
整備と維持の費用がどんどん高くなっているからだと説明している。

今いくらになっているのかをイ_ア語AIに尋ねたところ、機関車の機種によって違うとい
う回答ではぐらかされてしまった。直接博物館に聞けということだろう。

このアンバラワ鉄道博物館が行っている観光ビジネスは消費者に大好評のようで、アンバ
ラワの町中の、中でもアンバラワ駅周辺にはきれいなレストランや新しいホテル・宿泊施
設が増えているそうだ。

スマラン港に国際客船が入ると、乗船客は一斉にボロブドゥル観光に向かう。そのとき、
多くの観光客がロコ見学のためにアンバラワに立ち寄っている。鉄道博物館があるおかげ
でアンバラワを訪れる外国人観光客も少なくないのである。


博物館がAmbarawa Mountain Railway Tourと銘打ったアンバラワ〜ブドノ間のロコツアー
ではジャンブJambu駅からブドノ駅まで急勾配を蒸気機関車が登って行く。元々ジャンブ
〜グマワンGemawang区間は傾斜が急であるためにラック式鉄道線路が使われていたので、
ジャンブ駅とブドノ駅の間の4キロ区間はそれに対応する機関車でないと走れない。

イ_ア国鉄関係者によれば、ディーゼル機関車はその区間を走ったことがないそうだ。な
ぜならジャワ島にあるディーゼル機関車には1台もラック式線路の走行に対応する装備を
持たせていないからだというのがその説明だった。

そのためにこの観光路線にはドイツ製のB2502とB2503が使用されている。この機種は傾
斜度65%までの斜面を時速10キロで走行することができる。ところがこの機種は燃料
にチーク材を要求するため、運行のたびにチークの廃材を3〜4立米灰にしている。20
16年の話では、燃料費が毎回4〜5百万ルピアかかっていたそうだ。

ラック式鉄道のある場所はジャワ島でそこが唯一になっている。西スマトラ州にもパダン
パンジャンを中心にして南東のバトゥタバルと北東のパヤクンブまでの間にラック式線路
があるものの、そこを走ることのできる機関車がもうないため、その区間の列車運行は行
われていないという話だ。

あるとき、ドイツからB2502とB2503を各一台につき2台の新型蒸気機関車と交換しない
かという話が来たとき、インドネシア国鉄のトップはそれを丁重にお断りしたという話が
残っている。それほどまでに高いヘリテージ価値を持つロコが現役で走っている舞台がブ
ドノのマウンテンロコツアーなのである。ロコファンには垂涎もののツアーではないだろ
うか?[ 続く ]