「アンバラワ鉄道ループ(4)」(2025年09月24日) トゥー、トゥー、トゥー・・・。シ ボニと名付けられた1902年製蒸気機関車の鳴ら す汽笛が丘陵地の静寂を破る。10月の曇天の下に広がっているのはコーヒー農園だ。 ブドノ駅に近付いてきた列車を見に来た村の子供たちが列車を追いかけて走る。蒸気機関 車は2両の木造客車を後ろから押しながらひたすらブドノ駅を目指している。農園の作業 者や村人たちの顔が明るく輝き、かれらは作業の手を止めて列車に手を振る。かれらの単 調な暮らしに彩を添える列車の出現に、ひとびとは歓びを隠せない。 「さっき蒸気機関車の音が遠くから聞こえたんで、わたしゃ急いでここへ駆けつけました。 もう長いこと、列車を見てなかったから。」ジャンブ郡ブドノ村の住民ワスリヤントさん 68歳は列車に乗ってやって来たコンパス紙記者にそう語った。この老人は第9ヌサンタ ラ農園会社が経営しているバナランコーヒー農園の作業者だ。これは2016年11月の コンパス紙に掲載された現地取材記事。 アンバラワ〜ブドノ間を走るB2502とB2503は1990年代にSi BoniとSi Boboという愛 称が付けられた。B2502の機関車には製造工場で取り付けられた銘板がいまだに貼り付い ている。記されている文字は ? 3243 MASCHINEN-FABRIK ESSLINGEN EMIL KESSLER 1902 と読める。 しかし愛称が何であろうが、スマラン県とマグラン県の県境にあるトゥロモヨ山稜一円の 住民にとって、やって来る列車は観光列車でしかない。数十年前まで、この地方で生産さ れるコーヒーやカカオを流通ルートに乗せるために運んで行く鉄道はかれらの経済生活に とっての重要な生命線になっていた。 ワスリヤントは記者に物語った。1960年ごろ、蒸気列車はバナランコーヒー農園から 生産品を運んでアンバラワに向かい、そのままスマランまで送り届けていた。そのころ、 マグラン〜スマラン街道は今のような良い道路になっていなかった。その時代のかれと同 世代の村の子供たちはしばしば列車に乗ってアンバラワへ行き、次にブドノへ来る列車に 乗って戻って来た。 この取材のためにアンバラワからブドノに向かう観光列車に乗った記者はトゥロモヨ山稜 の大自然が供する美しい景観を堪能した。アンバラワ駅を出た列車がガンピン村の住宅地 区を通過したあと、記者の眼ははるかかなたにそびえるウ~ガラン山とムルバブ山を遠望 しつつ果てしなく広がる水田の風景に魅了された。 ジャンブ駅に到着すると、シ ボニはそれまで牽引してきた2両の客車から切り離されて 客車の後ろに回った。二両で百人を運べる木造客車を後ろから押して登攀路を進むのであ る。ブドノに到着した後、機関車は再び客車の前に置かれ、客車を牽引しながら下り坂を アンバラワに向けて戻ることになる。 1907年に作られた木造客車の中は二人掛けで対面スタイルの木製椅子が取り付けられ、 網棚の上の天井は緩やかなアーチを描いていて往年のロマンスを感じさせてくれる。 ジャンブからブドノに向かう登攀路を列車はゆっくりと進む。ラック式線路と機関車の歯 車がかみ合う金属音が賑やかに響き、静かな農園の空気をかき混ぜる。標高1,894メ ートルのトゥロモヨ山を登り始めた客車内では、涼しさを増す空気の変化が明瞭に感じら れた。コーヒー農園の赤く熟したコーヒーの実が乗客への歓迎を表する中を、列車は18 73年に建てられたブドノ駅に入って行った。[ 続く ]