「インドネシア鉄道史(34)」(2025年11月13日)

カリサッ〜バニュワギ線が1903年に開通してから20年ほどして、ロゴジャンピから
ブンチュルッまで17.2KMの支線が建設された。最初のフェーズはスロノまでの12.
4KM区間で、1921年10月26日にオープニングがなされ、翌年にスロノ〜ブンチュ
ルッ18KM区間が完成して1922年11月1日に運行が開始された。ルートは次のよう
になっている。
Rogojampi - Gladak - Wonosobo - Kumis - Sukonatar - Srono - Sraten - Benculuk

ブンチュルッ村はムンチャルからまっすぐ西に12KM離れているだけであり、ムンチャル
との交通に便宜をもたらす役割もそこに含まれていたことが推測される。おまけにブンチ
ュルッとムンチャルを結んで引いたラインの南部からアラスプルウォにかけての一帯に広
がるチーク樹の宝庫がロゴジャンピ〜ブンチュルッ路線の真のターゲットだったと述べて
いる説もある。ブンチュルッ駅からさらに南東方向に向けてロリーの線路が敷かれており、
場所によってはその線路を今でも目にすることができる。

この路線は1976年に閉鎖された。沿線の住民たちはよく列車を利用していたそうだが、
コミュータラインのような頻度では決してなかった。チーク樹を伐り出して運ぶというオ
ランダ人の目的をインドネシア政府が継承しなかったのだから、赤字路線になるのは目に
見えていただろう。
いまスロノ駅舎は商店になっている。街道に沿った商店の中に埋もれて、そこが駅舎だっ
たことに気付くひともあまりいない。しかし駅舎内はそれほど改造されていないために、
鉄道に興味のある者が細かく見て行けばきっとわかるはずだ。
ブンチュルッ駅舎も似たり寄ったりの状態だ。ブンチュルッ〜ロゴジャンピ街道沿いの商
店や建物の並びの中に紛れ込んで、そこが駅舎だったという雰囲気はあまり感じられない。
しかし、既に閉鎖されて現役でなくなったとはいえ、ブンチュルッ駅は歴史の中で建設さ
れたオランダ東インド最南の駅だったのである。それはつまり、アジアでも最南の鉄道駅
であるということなのだ。[ 続く ]