「インドネシア鉄道史(終)」(2026年01月02日)

インドネシアの鉄道史は1867年8月10日にクミジェン〜タングン間25KMでの商業
運行開始が幕開けになった。そして鉄道線路の長さは次のように増えていった。
1870年 108KM
1872年 166KM
1873年 304KM
1878年 367KM
1880年 405KM
1890年 1,427KM
1900年 3,338KM
1939年 6,811KM
1945年 5,910KM
1950年 5,910KM
2002年 4,553KM
2020年 6,326KM
2024年 6,945KM

上のデータはさまざまな出所から集めたものであるため、集計の基準が一定でない可能性
が高い。カテゴリーとして鉄道列車・路面鉄道・地下鉄・モノレールなどの種別の合算に
なっているのかどうか、鉄道路線の中で運行が閉鎖されたり廃止された距離が含まれてい
るのかどうか、といったことがらだ。

バタヴィアの蒸気トラム運行が開始されたのは1883年であり、それ以前の数字は鉄道
列車だけの商業運行路線距離と考えることができそうだ。


上の数字の推移の中で1945年の減少は日本軍による線路撤去の要因が大きく関与して
いると思われるものの、2002年の減少はどうやらその数字が現存している線路の距離
合計でなくて、列車運行に使われている線路の距離を示しているように推測されるのであ
る。1980年代から始まったモータリゼーション政策によって赤字路線の運行が続々と
廃止されるようになった結果の数字ではないだろうか。

たとえば2013年10月のコンパス紙記事には、中部ジャワ州の鉄道線路総延長は1,
130KM存在しているものの、11路線646KM61駅が運行閉鎖状態になっていて、ア
クティブな線路は484KMのみと記されている。

実際問題として、20年も30年も列車が通らなかった路線はたとえ国鉄が線路を撤去し
なかったとしても線路自体が存在しているかどうかわからない。鉄橋を組み立てている鉄
材すら分解されて姿を消しているのだから、線路の盗難が起こっていれば線路撤去と同じ
状態になっているだろうし、また存在していたとしても藪や土の下に埋もれたり、あるい
はコンクリートに覆われて道路にされているかもしれない。

鉄道運行事業の規模を測る物差しとしてこのデータを見るのであれば、むしろアクティブ
路線の距離数を並べるほうが実相に近付くのではあるまいか。2024年の数値は植民地
時代の状態をインドネシア共和国がついに凌駕したように見えるものの、鉄道事業の華々
しさあるいは経済効果などといったフェーズに関して過去のオランダ時代に達成された実
績を乗り越えたと言えるかどうかはわからない。

イ_ア語AIは1939年の数値としてジャワ・スマトラ・カリマンタンの鉄道列車と路面
鉄道をすべて含めた8,157KMを示す一方で、1942年の日本軍政開始時の鉄道線路
総延長距離を6,811KMだったと述べている。2024年の非稼働鉄道線路のトータル
は2,233KMだそうだ。この数字の羅列はもっと中身を解きほぐさなければ意味をなさ
ないものかもしれない。[ 完 ]