「ルスンはフラット(後)」(2026年01月26日) クブンカチャンはジャカルタ都心部の一等地なのだ。タムリン通りのオフィス街で働いて いる高給取りも一般庶民層向けルスンの地の利に大きな価値を見出すようになった。遠く 離れた土地に理想の家を持っても、毎日の通勤ラッシュで長時間もみくちゃにされる時間 とエネルギーのロスを思えば、週日は都心にある質素なルスンに寝泊まりし、土日だけ自 宅に帰って自分自身に戻る暮らしのほうが合理的だと考えるひとも現れて当然だ。 こうしてクブンカチャンのルスンは大きい資産価値を持つようになった。ルスンのユニッ トオーナーの中に、自分は郊外ののんびりした土地に家を構え、ルスンを賃貸しようとす るひとも現れるようになる。2018年ごろ、一年間の賃貸料金2〜5千万ルピアでたく さんのユニットが貸し出されていた。空き家はひとつもなかった。 賃貸者の多くは自分の車をルスンの周辺に置く。最初は一般庶民層向けとして建てられた ルスンだったが、その機能が大きく変化してしまったことがその外観からわかる。 クブンカチャンに続いてプルムナスは東ジャカルタ市クレンデルに1981年からルスン 建設を開始し、1985年にスハルト大統領によってオープニングが宣せられた。1,2 80ユニットを擁するルスン群がイグスティグラライ通り沿いの6.1Haの土地に立ち並 んだ。 ただしその当時のクレンデルは都心からあまりにも遠い印象が濃く、多くの市民がジャカ ルタの外というイメージを抱いたために入居者が少なく、90年代に入るころまで入居率 は4割程度だった。 ルスンだけでなく、プルムナスはクレンデル地区に大規模な住宅地を設けた。北のイグス ティグラライ通りと南の東バンジルカナルに挟まれた広大な土地の中を道路が緻密に分割 している地区がある。プルムナスが開発した庶民層住宅地区がそれだ。ジャカルタの広大 な地図を見渡すと、道路が緻密な町割りを造っているエリアがあちこちに見られる。スハ ルト時代にプルムナスが行った仕事の成果がそれなのである。 庶民層向け住宅政策は地元自治体の住宅政策でもあり、現場では地元住民に対する自治体 の福祉行政がそこに絡んでいる。クブンカチャンやクレンデルのルスン購入資格はジャカ ルタ市民にしか与えられず、しかも年収上限の規制があり、そして購入者が他人に賃貸す ることも禁止されている。その辺りのポイントに関するインドネシア人のコンプライアン スは低い。 都庁が定めた原則は購入者=入居者であり、低所得であるために住宅を自己所有できない 都民がそこに住みながら分割払いを行って最終的に自分の住居にするというものになって いるのだ。そのために都庁から種々の経済支援が与えられているのである。 ところがクブンカチャンの例のように、原則から外れた現象がいろいろと起こるようにな ったため、2007年ごろから都庁は賃貸専用ルスンと売却専用ルスンに区別することを 始めた。賃貸専用ルスンはRumah Susun Sederhana Sewa略称ルスナワ、売却専用ルスンは Rumah Susun Sederhana Milik略称ルスナミという名前で最初から区別して建てられるよ うになったのである。 マルンダ地区にあるジャカルタ航海学校からほど近いマルンダのルスナワで2014年に 都庁住宅局が国軍と国家警察の支援を得てルスン入居者の資格チェックを行った。チェッ クチームは26ユニットの住人が名義人と異なっているのを確認し、ユニットを封印しよ うとしたところ住人が抵抗したので、2ユニットだけを封印して引き揚げた。 名義人がルスナワ管理者に支払っている賃貸料金は月額12.8〜37.1万ルピアであ る一方、非合法の住人は名義人に月額70〜150万ルピアを支払っていることが明らか になった。[ 完 ]